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CONTRAST [インタビュー] 1対1で向き合う関係性

1対1で向き合う関係性

能城政隆(プロフィール)

能城政隆

プロフィール 能城政隆
能城政隆 1987年7月4日生まれ。26歳。千葉県富津市出身。株式会社NOZY珈琲代表取締役。慶應義塾大学環境情報学部在学中に、湘南台に期間限定で「のーじー珈琲」を開店。大学卒業後、2010年に世田谷区三宿に、コーヒー豆屋「NOZY COFFEE」をオープン。学生時代にエチオピアを訪れた際、豆が本来持っている味や特徴を楽しむ、<シングルオリジンコーヒー>という文化の存在に気付く。2013年10月には、自身が手掛ける2店舗目「THE ROASTERY BY NOZY COFFEE」を原宿・神宮前にオープン。自らが提供するコーヒーを通して、シングルオリジンの魅力を日々伝えている。
NOZY COFFEEウェブサイト THE ROASTERY BY NOZY COFFEEウェブサイト

いま、僕はコーヒーに魅了されている。以前の僕にとっては、ただ苦いだけの黒い液体。飲んだとしても眠気覚ましのため。そんな割り切った付き合いをしていた僕がコーヒーの虜になる入り口は、2012年に発行されたBRUTUSの『HAPPINESS COMES FROM GOOD COFFEE』号だった。何気なく手に取ったその中で一軒のコーヒー豆屋が紹介されていた。自分と近い年齢の経営者がどんなお店をやっているのか見てみたい。興味本位で訪れたNOZY COFFEEが、僕にコーヒーの奥深さを教えてくれたのだった。

NOZY COFFEEはコーヒー豆を販売しながらコーヒーも提供している。ところが、ただ「カフェラテを一つ下さい」と伝えても注文は成立しない。そこに関わってくるのがNOZY COFFEEが伝えようとする「シングルオリジン」である。シングルオリジンとは、コーヒー豆の生産国、生産地域、生産処理方法が明確に分かるものを指す。一切他の豆をブレンドしない一つの銘柄から伝わってくる、豆本来の個性、特徴、美味しさを楽しむ文化。それは言い換えると、豆と1対1で向き合う関係性の創造であり、NOZY COFFEEはコーヒーを取り巻く環境が変化していく中で、シングルオリジンの世界観を広めることに挑んでいる。

そして、NOZY COFFEEのもう一つの特徴は経営者にある。代表の能城政隆はまだ26歳の青年だ。能城は慶應義塾大学在学中にコーヒースタンドを立ち上げ、一般企業に就職することを選ばず、大学卒業と同時に会社を起業。NOZY COFFEEをアンテナ感度の高い生活者が一目を置く存在に成長させてきた。今年10月には2店舗目となる「THE ROASTERY BY NOZY COFFEE」を流行の発信地、原宿・神宮前にオープンした。自身もシングルオリジンに魅了される若き経営者はコーヒーを通じて何を伝えようとするのか。その背景と影響をもたらした要素を探る。

Text by Tsuyoshi Yabuki Photo by Takuya Nagamine

新しい分野のものと出会いたい、野球以外に打ち込めるものを見つけたい

まず、大学時代に関してお聞きしたいのですが、能城さんは慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)のご出身ですよね。

能城

はい、そうです。

なぜSFCに進学されたんですか。

能城

高校までずっと野球をやっていまして、本当は野球で食べていきたかったんですね。でも、当時の判断が正しかったかは別として、それが難しいと感じて、新しい分野のものと出会いたい、野球以外に打ち込めるものを見つけたいと思うようになったんです。元々、大学進学をするつもりだったので、それなりに教科を絞って受験をイメージして、最終的にSFCを受験することに決めました。実は、SFCを知ったのが願書の締め切りの一ヶ月ぐらい前だったんです(笑)。

えー!

能城

「科目数が少ないから、じゃあ受けよう」みたいな感じで。その時はSFCがどういう学校なのかは知らなかったんですが、合格した後にいろいろ調べて、「面白そうだからここにしよう」と。

CONTRAST [インタビュー] 能城政隆 | 1対1で向き合う

じゃあ、単純に教科が少ないから受けたってことですか。

能城

そうですね。もともとは別の第一志望があって、そこも合格することが出来て、そこに行こうと思ったら、先生に「いや、そっちじゃないだろ」と言われて。

ちなみに「そっちじゃない」方ってどこだったんですか。

能城

早稲田大学の教育学部です。数学が好きだったので、数学の教師を目指そうかと。

野球を辞めてしまったということですけれど、何かしらのきっかけがあったんですか。

能城

一つは、プロの前に甲子園を目指してやってきたんですが、結局夢も果たせなくなってしまって、ダメージが大きかったんですよ。プロになれるか、なれないかというよりは、甲子園に行けなかったということが。あとは、そもそも野球を楽しめていない自分に気付いてしまって、もし続けるにしても、一旦空白の時間は必要だと思ったので、辞めました。

CONTRAST [インタビュー] 能城政隆 | 1対1で向き合う関係性

僕は今、中央大学の総合政策学部に通っていて、本当は慶應の環境情報学部に行きたかったんですよ。

能城

本当ですか。SFCには環境情報学部と総合政策学部があるじゃないですか。結局、入り口は二つあるだけで、中に入ったら一緒なんですよ。一応、この学部はこの科目を最低何単位以上とかあるんですけど、その縛りもかなり緩いので、学部学科関係なく、あのキャンパスの中で、これを学びたいっていう人が集まっているっていうイメージですね。なので、授業で言えば、インターネットやプログラミングの授業も受けましたし、マーケティングであったり、リーダーシップであったり、会社のマネジメント系の学問とか、会社法とか国際法とか、何かちょっとでも興味のあるものを授業で受けられるので、幅広くやっていました。

SFCって研究室がありますよね。

能城

はい。2年生の時は、インターネットの研究室で。

村井純先生ですか。

能城

そうです。村井先生をご存知ですか?

インターネットを作った方ですよね。

能城

そうです、すごく有名な方ですね。村井先生にはすごくお世話になっていて、ちょくちょく連絡を取りつつ、いろいろとご指導いただいています。あとは、大学三年の時に、国際関係というか、海外の貧困問題や途上国の問題を学んでいました。

仕事に対する自分自身の落としどころはどこだろう

NOZY COFFEEを始められたのが、大学在学中の頃ということで、どのタイミングで始めたのか、改めて教えていただけますか。

能城

BRUTUSの「コーヒー特集」を渋谷のブックファーストで手に取って、「何か面白そう」って思ったのがきっかけですね。この前出た「コーヒー特集」の冒頭にも書いて下さっているんですが…ここですね。「5年前のコーヒー特集がきっかけで」って。それでコーヒーにのめり込んでいって、20歳の時にスターバックスでアルバイトを始めて、将来は自分のお店を持ちたいなっていう気持ちが芽生えてきました。最初は、カフェをやりたいな程度でしたけど、コーヒー豆にもっとフォーカスしていろいろ勉強してみようと、研究の意識を産地や生産者に向けていくと、どうやら生産者の生活がうまくいっていないっていう情報が耳に入ってきたので、関心が貧困問題だったり、南北問題だったりにつながってきて。それで、大学3年次の夏に、エチオピアに行きました。そこで直接、産地に行って生産者と話したのが、僕の初めての海外旅行で、自然と歩いているだけでインスピレーションを受けるような体験でした。

CONTRAST [インタビュー] 能城政隆 | 1対1で向き合う関係性

スターバックスで働くと、豆に関して詳しくなれるということを聞いたことがあるんですが、コーヒーに関する知識や技術は、スターバックスで学んだのですか。

能城

勉強できるカリキュラムはありますけど、今思うと、当時は何も分かっていないなっていうぐらいに無知でした。

スターバックスとはまた違ったところで、コーヒーについて学んだということですか。

能城

そうですね。お店を始めてからいろいろ学びましたね。

一般の大学生であれば、就職活動をして、企業に就職をするじゃないですか。就職せずに、NOZY COFFEEを始められた背景には、どういったトピックがあったんですか。

能城

まず一つ目が、野球を辞めたことですね。それで、新卒の就職活動もしていて、普通に就職するつもりでした。ただ、就職活動をする中で、仕事に対するスタンスをどのように持てばいいんだろうと探していて。それがどういうことかというと、仕事は家族を養うために自分が犠牲になるっていう感覚で、ただしっかりお金を稼いて家族を守るっていうのが落としどころなのか、給料が多少低くても、仕事こそ自分のやりたいことを優先すべきかっていうのが落としどころなのか。人によって違うとは思うんですけど、自分自身の落としどころはどこだろうって探していた時に、どっちも妥協できなかったんですね。お金も稼ぎたいし、自分のやりたいこともやりたい。そもそも、自分が最初に目指していたプロ野球選手というのは、自分のやりたい野球を思いっきりやることで、収入もかなり得られるじゃないですか。

そうですね。

能城

やりたいことを思いっきりやることで、ファンに元気を与えたり、子供達に夢を与えたり、それがすごく良い形だと思ったんですね。このスタイルを変えられないなと思って、「自分の好きなことってなんだろう」っていうのを探しつつ、SFCという環境の中で起業している先輩が多かったんですね。自分の「やりたい」を実現する手法として、皆さんは起業されていたので、そういう方の話を聞く中で、彼らがすごく輝いて見えたんです。それで、自分が頑張れば頑張る分だけお金もついてくるし、自分の努力によって結果がついてくるということで、就職活動と、自分で会社を作ってビジネスを展開していくことを同時に進めていきました。それで、60歳まで会社に勤めるのではなく、30歳で起業しようと思ったんです。

30歳で起業ですか。

能城

はい。就職して、8年くらい修行してから起業しようっていうスタンスでした。就職先が決まって、承諾をしたけれども、大学4年の夏のインターンの最中に、オーナーさんと意見が合わなくて、「辞めます」と言って帰ってきた時に、すぐ起業しようという気持ちが強くなったんですよね。それで、大学4年次にコーヒースタンドまでかっこいいものではないですが、湘南台でテイクアウトのお店をやっていましたね。

CONTRAST [インタビュー] 能城政隆 | 1対1で向き合う関係性

どういう店舗だったんですか。

能城

湘南台の駅は地下にあって、一番SFCに近い階段を昇って、地上に出た目の前の立ち飲み屋があるんですが、朝は使っていなかったので、そこを朝7時30分オープン、12時30分クローズの午前中まで使って。

その立ち飲み屋さんとはどういうご関係だったんですか。

能城

全く知らない人ですよ。いきなり電話してアポを取ってみて、「じゃあ面白いからやろうか」って。向こうの方からしてみれば、朝全く使っていないところを貸すだけでお金が入ってくるから、プラスじゃないですか。

コーヒー豆を選ぶ楽しさ

在学中に起業されたことに対して、周りの反応ってどうでしたか。

能城

湘南台でお店を始める前日まで何も言ってなかったので、家族はびっくりしていました(笑)。お店をやるにしても大学生だったので、たとえ駄目だったとしても、新卒ってものすごい保険なんですよね、そこで数十万、仮に数百万の借金を作ったとしても全然返せるので、お遊び感覚でやってるんだなぐらいで見てもらえればと思って、コーヒースタンドを始めました。あとは、友達に関しては、「SFCって面白い奴がいる」ってよく言われるんですけど、それ以上に「普通だなー」と思う人もたくさんいます。要は、本当に緩いので、入るだけ入って自分で動かないと本当に何もせずに卒業出来ちゃうんです。それは一番勿体ないですよね。例えば、SFCは学部学年関係なく人がごちゃごちゃ動いていくので、「友達の友達」っていうのが多いんです。

CONTRAST [インタビュー] 能城政隆 | 1対1で向き合う関係性―

友達からの紹介ということですか。

能城

そうです。友達から、「こういうことを研究している人だよ」とか、そういう時のざっくりとした紹介文は、つまらないとまでは言わないですけど、「あ、そうなんだ」程度で、あまり印象に残らない。むしろ、「教育のここが問題で、ここを変えようとしている人だよ」って言われれば、その人の視点をもっと聞くことで、「それは面白い」と感じることが出来る。だから、自分も単純に「コーヒー屋をやっている人だよ」っていうよりかは、「こういう事をやろうとしている人だよ」っていうのを分かりやすく伝えたくて。あとは、大学のネットワークって社会に出てから結構強いなと感じたので、在学中にはなるべく多くの知人を作ろうとしました。そういう意味では、単純に通学路の目の前に大学生がコーヒーショップを出したというだけで話題性がありましたね。

お客さんは、同じ大学に通う人たちが多かったですか。

能城

そうですね。そこは敢えて狙いました。ビジネスじゃなくても何か大きいことをやるにあたって、小さく何度も動かしてみるのがベストだと思ったんですね。だから、自分で新しいコーヒーを発信したいとなって、まずは身の回りの人に伝えられなければ、遠くの人に伝えられないと思ったので、まずはSFC生をターゲットにして反応を見つつ、反応が悪ければ改善すればいいですし、フィードバックをしっかりともらえる環境だったんです。普通のお客さんであったら、「ここ、こうした方がいいよ」なんて言いづらいじゃないですか。ただ、友達だと言ってくれるので、そういう意味では、小さく動くのに最適な場所でしたね。

お店を開くにあたって、一人でやられていたんですか。

能城

そうですね、湘南の時は一人でやっていました。

ご自身の中でこんなお店にしたいっていうイメージはありましたか。

能城

湘南台は、ブレンドコーヒーは置かずに、シングルオリジンの国の名前や地域の名前が明確になっているものを3種類置いたんですね。なので、お客さんから「コーヒー下さい」って言われて、コーヒーがポンと出てくるような自動販売システムではなく、「今日はこういう特徴のあるコーヒーがあります」とワンクッション置くことで、選ぶ楽しさを感じてもらいたいというコンセプトがありました。なので、今日はこれにしたけれど、明日はこれにしようかなという選択の幅があって、かつ、飲み比べてみた時に「全然こんなに違うんだ」と驚く。そういった体験をしてもらいたかったんですね。モデルにしていたお店もありませんでした。