CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] バンドを続けるためのマイペース

バンドを続けるためのマイペース

a picture of her(プロフィール)

a picture of her

プロフィール a picture of her
L→R
kikuchi hiroshi(Ba.)
tago wataru(Gt.)
tono shogo(Gt.)
kameyama yuzo(Dr)

2004年、tonoとkikuchiを中心に結成。その後、kameyamaとtagoが加入し、2008年に現在の編成となる。交錯する繊細なメロディーと変化に富んだ力強いリズムがセンシティブかつキャッチーな音楽を紡ぎ出す。幾つかのデモ盤をリリース後、2009年3月に盟友Document not foundとスプリットCD『pressing slight against Ω』、翌月には初の全国流通盤となる『a fanatic socialist looked up at the stars…』を発表。最新作は2013年5月15日にリリースされた1stフルアルバム『C』。同作のエンジニアをtoeの美濃隆章が担当している。
a picture of her ウェブサイト

a picture of herは2014年で結成10周年を迎えるが、長いキャリアを持つバンドにしては、そのリリースサイクルはコンスタントではない。全国流通の単独作をカウントすると、最新作の1stフルアルバム『C』(2013年5月15日発売)を含め僅か二枚。ライブ活動も決して一定のペースを維持してきたわけではなく、バンドの対外的な活動としては、マイペースというよりもスローペースな印象。メンバー全員が仕事の傍らでバンド活動に取り組んでいるため仕方ないが、インタビューの中で本人たちも述べているように、「a picture of herはまだ活動しているのか?」と案ずるリスナーの気持ちもよく分かる。

それでも個人的には、何かのタイミングで広く認知される可能性を秘めたバンドだと信じていて、彼らが長い活動期間の中で培ってきたクリーンな音色と緻密なアンサンブルは紛れもなく本物だ。例えば、toeの美濃隆章がエンジニアを務めていることをきっかけにでも、彼らの音楽に触れてもらいたいし、バンドとリスナー、お互いが交わる機会に恵まれていないことは、双方にとってあまりにも勿体ない状況だと思っている。そこで今回は、a picture of herのメンバーである菊地と田子にインタビューを敢行。じっくりと時間をかけて活動を続けてきたその背景を語ってもらった。

Text by Shota Kato Photo by Yosuke Torii

3人から4人へ

a picture of herは2004年に結成して、今回リリースされた1stアルバム『C』が2枚目の全国流通の単独音源になるということですが、アルバムのリリースまでにかなり時間が掛かりましたね。

田子

マイペース過ぎますよね、スローペースにも程がある(笑)。

結成当初からのオリジナルメンバーは、菊地さんと今日はここにいない戸野さんだと聞きました。

菊地

そうですね。当時は同世代にインストバンドがいなくて、興味がある人を探していたんですよ。それで、インターネット上のメンバー募集でトノ(戸野)さんと繋がって、彼の友達にドラムを叩ける人がいるということで、まずはスリーピースでバンドを結成することになったんです。本当は最初からツインギターが理想だったけど、どうにも見つからなくて、とりあえず3人でやってみようかっていう感じでしたね。

ひとえにインストといっても幅広いですけど、どういった音楽をやりかったんですか。

菊地

当時はキンセラ兄弟とか、アメリカンフットボールとかが僕らの中では流行っていたけど、周りに同じ趣味の人がいなかったんですよね。最初はやりたい音楽を変に縛ってもいなくて、歌モノも全然アリだったんですよ。でも、誰も歌が得意じゃなくて、歌を入れたくなったらメンバーを増やそうかぐらいの気持ちで。

CONTRAST [インタビュー] Gustave Coquiot | 納得できる表現を求めて

田子さんと亀山さんが加入する2008年までの4年間は、ずっと同じメンバーで活動を?

菊地

そうですね。実際2004年に結成したものの、最初の1年は曲作りに専念してライブも全くやらなくて。1年かけて曲を作って、ようやくライブを始めたっていう感じですね。

曲作りに専念したのはなぜですか。

菊地

ピクチャーを結成した当時、トノさんがちょうど新卒の就活の真っ最中だったんです。だから曲作りがほとんどで、週1ぐらいのペースで週末の夜はスタジオに入っていたんですよ。

田子さんと亀山さんは、菊地さんと戸野さんとどういった繋がりから一緒にバンドをやることに?

田子

最初は自分もカメ(亀山)も別々のバンドをやっていたんですよ。カメのバンドのギターと仲が良くて、お互いにスタジオライブの企画をやっていたんですよね。元々、カメとキック(菊地)は一緒にバンドを組んでいたことがあって、二人は前から繋がっていたから、当時のピクチャーに出てもらったりしていて。

CONTRAST [インタビュー] Gustave Coquiot | 納得できる表現を求めて


菊地

そうそう。僕は岩手出身で、高校を卒業してから上京して、最初にインターネットでバンドメンバーを探していた時期にカメと知り合ったんですよ。カメとは少しの間だけ一緒にバンドをやったんですけど、当時のカメはメロコアが好きで、趣味が合わなくてそんなに進展しなくて。それで一旦はバンドをやめたんですけど、連絡は取り合っていて、カメが新しくバンドを始めたということで、ピクチャーと一緒にライブをやろうかとなったんです。

じゃあ、メンバー間の付き合いとしては、菊地さんと亀山さんが一番長いんですね。

菊地

年齢でいうと、僕が31歳で一番下なんですけど、カメにはタメ口を通してますね(笑)。年子じゃないけど、僕、トノさん、タゴ(田子)さん、カメの順に一つずつ年齢が上がっていて。

身近なところに音楽の趣味が合う人がいなかったとはいえ、不特定多数の人に向けてメンバー募集を呼び掛けるのは勇気が要りますよね。

菊地

上京したての頃は、バンド界隈の知り合いとか全くいない状況でしたし、ライブハウスに行っても、ライブを観るだけで繋がりを作れなくて。手段としてはネット以外にも、スタジオとかライブハウスのメンバー募集を見て回ったんですけど、どうもしっくり来るものがなくて。カメとタゴさんの時は、知り合いだから声を掛けやすかったというのはありますけど、やっぱり色々と探してはいたんですよ。それでドラムが抜けるとなって、とりあえずカメにサポートをお願いしたら、正式にピクチャーのメンバーになってくれて。それで同じタイミングにもう一人ギターを入れたいとなって、誰かいないかと探していたら、タゴさんがいたんですよね。


田子

ちょうどその時に、僕とカメがやっていたバンドが解散したんですよ。それでカメがピクチャーに入って、「俺、どうしようかな」って考えていたら、ちょうどピクチャーの話をもらって。元々知っている仲だったからやってみよう、ということで。


菊地

カメとタゴさんがやっていたバンドもインストだったのも大きいですね。だから、大きくは同じ畑というか。2人が入った時は3人だった頃の曲をアレンジしてやっていて、自分たちとしてはあまり変わった実感はなかったんですけど、4人になってライブを始めた当時は、「すごく変わった」みたいな反響がかなりあって。

CONTRAST [インタビュー] Gustave Coquiot | 納得できる表現を求めて

a picture of herはどんなシーンでキャリアを積んできたバンドなんですか。

菊地

最初はいわゆる激情ハードコアのバンドとのライブが多かったですね。一番仲が良かったのは、Document not foundっていうバンドで、今はもうメンバーが変わっちゃったんですけど、僕はピクチャーをやりながら、もう一つバンドをやりたいなと思っていた時期があって。その頃にインターネットのメンバー募集で知り合ったのが、今のDocument not foundのヴォーカルの藤井だったんですよ。その頃の藤井はDocument not foundを組んでいなくて、僕もハードコアバンドをやりたいと思っていたので連絡を取っていたんですけど、ちょっと一緒にバンドをやっただけで結局は進展しなかったんです。それから連絡を取り合っている中で、藤井がDocument not foundを組んで、企画をやるということでピクチャーを呼んでくれて。そこからメンバー同士が仲良くなって、スプリット(『pressing slight against Ω』)を出せたんですよね。

バンドは生活と一緒。そこの比重は変わらない

ライブの本数としては正直、そこまで多くないですよね。

菊地

月に1本あるかどうかですからね(笑)。


田子

多くても月2本だから、かなり少ない方ですよね。最高でも月3本ぐらいかな。

ライブや作品のリリースといった対外的な活動の頻度が低いことで、自分たちの存在を忘れられてしまうんじゃないかっていう危機感は、少なからずあったと思っていて。

菊地

実際、アルバムを録ってる頃に、Twitterで「a picture of herはまだ活動してるのか?」ってツイートがありました(笑)。それでバンドのアカウントから解散していないアピールをしたんですけど、去年はアルバムを作るためにライブも全然やらなかったから、解散したと思われていても何も言えないというか。

自主的にライブを企画したりしないんですか。

菊地

一昨年は他のバンドと共同企画をよくやってましたよ。自分たちでやるのもいいんですけど、誰かと一緒にやることでクロスオーバーしたい気持ちもあって。

バンドに限らず、何かに打ち込んでいると野心みたいなものが湧き出てくるじゃないですか。もっとアグレッシブに活動したいというか、分かりやすく言えば、音楽一本でやっていくためにメジャー進出したいとか、メンバーそれぞれの意識が高まる瞬間ってあると思うんです。そういう意味では、a picture of herはどういうスタンスで活動してきたバンドなんですか。

菊地

完全に二足のわらじですね。最初から音楽で売れたいとかご飯を食べたいとかは特になかったんですよ。今もメンバー全員が仕事をやりながらバンドをやっていますし。それこそ、トノさんはバンドが始まった頃に就活と同時進行でしたから、社会人生活と一緒にピクチャーを始めたトノさんはすごいと思いますよ。今まで一度も止まることなく、どちらも続けてきているので。やっぱり僕らにとって、バンドは生活と一緒なので、その比重は変わらないんですよね。もちろん面白そうなお話があれば、有給休暇を取ったりして、なんとかライブに出たりもしました。でも、環境が追い付かなくて、長期スパンのツアーとかは現実的に無理ですね。

CONTRAST [インタビュー] Gustave Coquiot | 納得できる表現を求めて

これまでに賭けに出ようと思った瞬間ってありましたか。

菊地

どうかなぁ、あまりないかも。そういう話が出てこなかったっていうのもありますけどね。もし誰かが「やってみようよ」と言い出せば、話し合ったと思いますけど、意外にそういうこと自体がなくて。

今回のアルバムの伝わり方次第で、例えばTwitterのタイムライン上に”a picture of her”っていうワードがすごく出てくる可能性があると思うんですよね。外から見ていると、もっと名前が認知されてもいい気がするのに何かもったいないなって。

菊地

おそらく、そこが活動の仕方に比例しているんでしょうね(笑)。売れたいっていう思考がないと言ったらおかしいけど、たまに悩むんですよ。でも「売れたい」と「聴いてもらいたい」っていうのは一緒だと思っていて、聴いてもらうためには、ある程度売れる必要があるじゃないですか。そういう気持ちもあるけど、一番はずっと音楽を続けていたいっていうのが根本ですね。


田子

そういう話もしたことがなかったよね。でも、みんなそうなんだろうなって。だから、下手すると何かのきっかけで解散しちゃいそうなバンドでもあるのかもしれない。


菊地

トノさんなんて結婚して子供もいるし、もし「家庭が大事だから」って言われたら、その時点でバンドを続けられなくなるでしょうし。