CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] ただ納得のいく表現を求めて

ただ納得のいく表現を求めて

Gustave Coquiot(プロフィール)

Gustave Coquiot

プロフィール Gustave Coquiot
河合卓人(左)、村戸慎一(中)、大宮麻比古(右)からなる1986年生まれの三人組。メンバー全員がギターヴォーカルという珍しい編成。前編英語詩で歌われる楽曲群"Bulky"は鬼気迫るサウンドである一方、繰り返される印象的なフレーズの中に繊細さと様式美を感じさせる作品となっている。Radiohead, KING KRIMSON等の影響を感じさせつつも、一聴した限りでは容易にカテゴライズできない日本人離れしたミステリアスなサウンドを展開。最新作は2013年5月22日にリリースされた2ndアルバム『Bulky』。 Gustave Coquiot ウェブサイト

Gustave Coquiotの音楽は、革製品との付き合いのようだ。職人たちが丹誠を込めて作った革靴をはじめて足に通した時の高揚感。やっとの思いで手に入れた一生ものは、使い続けることで生まれる皺や色の風合いといった経年変化を味わいながら、時間をかけて自分の足だけにフィットしていく。素材や製法などのディテールに優れた逸品のように、無骨さと人間味を感じさせる彼らの音楽は、本物志向の心を掴んで離さない。

Gustave Coquiotの2ndアルバム『Bulky』に、1曲目を飾る”Parker”という楽曲がある。今年の2月にYouTubeにアップされて以来、Twitterを通じて、後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、高城晶平(cero)、坂本美雨といったインフルエンサーを中心に情報が拡散され、今も話題を呼び続けている彼らの名刺代わりの一曲だ。念のために触れておくが、彼らと先に挙げた音楽家たちは面識を持っていない。渦を巻いてGustave Coquiotの名前が広がっていく様は、いいものは必ず伝わるというものづくりのピュアな部分を表していて、痛快で嬉しい気持ちにさせられた。

おそらく”Parker”をきっかけに、Gustave Coquiotの存在を知った人が多いことかと思う。しかし、彼らに関する情報はまだまだ少ない状況。今回CONTRASTで行なったインタビューから、彼らのことを深く知っていただけると幸いだ。バンド縁の地であるつくば市を訪れて、Gustave Coquiotの三人と会ってきた。
撮影協力:千年一日珈琲焙煎所

Text by Shota Kato Photo by Nozomu Toyoshima

Radioheadで盛り上がった三人

Gustave Coquiotはヴェールに包まれてる感じがすごくあったので、今日お会いするまで結構緊張していました。

大宮

いや、とんでもない。僕らは何もない人たちですよ(笑)。

CONTRAST [インタビュー] Gustave Coquiot | ただ納得のいく表現を求めて

今日はつくば市の千年一日珈琲焙煎所の店舗、それも移転オープン準備中のスペースを提供していただいているわけですけど、まずはGustave Coquiotのインタビューをなぜここでやっているのかを踏まえて、そもそもの三人の関係性から教えてもらえますか?

河合

僕と大宮くんは実家が埼玉なんですね。彼は川口、僕は大宮、村戸くんは千葉の松戸で。


大宮

僕の名前が大宮だから分かりづらいですよね(笑)。河合くんとは浦和の高校からの付き合いで、高校の時は一緒にスリーピースのバンドをやっていたんです。最初はHi-Standardのコピーをやっていまして、横山健さんをリスペクトしていたので、ちゃんとピックアップセレクターをガムテープで止めて、はじめてのライブは甚平を着てやりました(笑)。しばらくしてからパンクに飽きて、RadioheadとかColdplayとかUKロックを好きになってから、だんだんと音楽の好みが変わってきましたね。

三人がはじめて出会ったのは?

村戸

筑波大学のジャズ研ですね。新歓コンパの時に一人ずつ好きな音楽を発表していって、僕がRadioheadと言ったら、大宮くんが携帯の待ち受け画面にしていたトム・ヨークを見せてくれたんです。そしたら河合くんもRadioheadが好きで、三人で盛り上がりまして。でも、僕はサークルの雰囲気に馴染めずに大学一年の夏でサークルを辞めてしまって、二人との接点が無くなってしまったんですよね。


河合

二年ぐらい空いて、大学三年の時の授業で会ったんだよね。


村戸

そうそう。共通の友達がいて、たまたま二人が話している時に「河合くんだよね」と声を掛けて。それからまた仲良くなって、何かやろうかとなったんですよね。それから二人で曲を作り始めて、大宮くんも呼ぼうということになって。

そこから三人でバンドを始めるわけですね。河合くんと大宮くんがジャズ研でやっていた音楽はRadiohead直系のUKロックだったんですか。

大宮

いえ、真っ当なジャズでした。でも、それ以外の音楽も好きだったから、ジャムセッションじゃなくて、作り込む音楽をやりたいという気持ちが出てきたんですよね。それが河合くんと村戸くんと何かやろうという時期と重なっていて。

CONTRAST [インタビュー] Gustave Coquiot | ただ納得のいく表現を求めて

三人の音楽的な土台にはロックがあって、その上にジャズやその他の要素が層として重なっているということですよね。

村戸

そうですね。ジャズとか音響とかエレクトロニカも。


大宮

最初は電子音楽みたいなものもやってました。Boards of Canadaが大好きだったんですよね。


村戸

サンプラーで打ち込みしたものをライブでやるという形式をとっていた時期があったんです。床に機材を並べて、突っ伏して演奏したら見栄えが悪くて(笑)。


河合

ステージが高い位置にあるのに、三人とも座って演奏していたっていう(笑)。荷物も多くて大変だったよね(笑)。


大宮

僕らはハードオフが好きで、つくばのハードオフでジャンク品のキーボードを買ってきては、その中で良い音を探してサンプリングして使ってたんですよね。一つひとつを店内で試奏しては、「これは良い音、これは駄目」みたいなことをやってましたね。


河合

「3,000円なのにこの音?!」みたいな(笑)。今でもしょっちゅうしてますね。

明るくも暗くもない街からの影響

皆さんは4年間をつくばで過ごしたんですね。

村戸

僕は留年していまして(笑)。


大宮

僕は大学院まで行って休学しました(笑)。村戸くんは千葉から5年間つくばに通って、河合くんはつくばに5年住んでいたんですけど、僕だけ7年もいたんですよね。だから、第二の故郷みたいになってます。川口に地元の空気は感じるけど、個人的にホームという感覚はつくばに感じますね。

Gustave Coquiot縁の地であり、バンド発祥の地でもあると。

河合

そうですね。三人で動いていたのはここがメインですし、ここで結成したから、否が応でもつくばの環境で育つというか。大学と生活が完全にリンクしていましたね。


大宮

この辺りは大学の敷地内の途中なんですよ。僕はここの真裏にある家賃17,000円のアパートに住んでいたんですね。たまに二人が遊びに来てくれては、機材を弄ってました。

千年一日さんには頻繁に通って?

大宮

そうですね。移転前の千年一日さんで北村範史さん(イラストレーター・写真家)の展示をやった時に、その繋がりでTICAさんのライブをやるとなって。光栄にも僕らはオープニングアクトで出させていただいたんですね。その時の編成が、村戸くんはシンセサイザー、僕と河合くんはギターで、そこではじめて3人形態で人力のライブをやりました。30分の演奏時間をもらったのに、10分でライブが終わってしまいましたけど(笑)。個人的には通っていた場所の一つですし、千年一日さんでイベントがある度にPAシステムを組んでいました。

つくばという街はGustave Coquiotの音楽に影響を与えていますか。

村戸

僕はあまり関係がないと思っていて。どちらかというと、僕らはベッドタウン出身なので、そっちのほうが大きいかなと。ある意味で文化がなくて、白でも黒でもないグレー。明るくも暗くもない街という部分から影響を受けていると思います。

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河合

何もないからモヤモヤしているという感じがね。


大宮

つくばに出てきて大宮や松戸に行ってみると、それぞれ違うんですけど、なんともいえない似たような空気があるんですよ。そこにシンパシーを感じますね。なんだろうね、あの空っぽなのに、どんよりとした感じがするのは。

個人的にベッドタウンには団地のイメージがありますけどね。皆が密集して暮らしている感じというか。

大宮

あぁ、でも三人とも実家は一軒家なんですよ(笑)。


河合

団地も近くにありますけど住宅街ですね。なかなかこれといった色に染まらないから、ある意味強いというか(笑)。僕らの関係性から見えるベッドタウン感は、結果的に曲に出ちゃってるなというのはありますね。


大宮

それ以外にも、あまり意図して出しているものもないですしね。

「イェーイ!」ってなんだろう

そもそもGustave Coquiotはどういう目的で始めたバンドなんですか。

村戸

モヤモヤを共有したい人たちで組んだバンドですからね…。


大宮

モヤモヤを晴らしたい。


河合

え、そうなの?(笑)


大宮

あの頃はモヤモヤしてたじゃん、三人で。でも個人的には、僕は河合くんとレストランで一緒に演奏させていただいて、それでご飯を食べさせてもらうという営業みたいなことをやっていたんですね。筑波大学のジャズ研は、最近のジャズというよりも50年代、60年代のビバップ、ハードバップみたいなスタンダードなスタイルを好んでいて、ある意味では伝統芸能的なものなんです。様式美に特化していて、すごく数字的というか。僕からしたら、同じ”ド”の音でも、違う楽器で鳴らしたら意味合いが変わってくる。質感とか感覚というものがあると思いますけど、ジャズをやっていて、そこのバランス感覚をとりたいなという気持ちはすごく欲求としてありました。それでジャズ以外のアウトプットの仕方をしたいということで、二人に僕もくっ付いていったという感じなんですよね。

バンドだけれども、音像からはあまりライブハウスで演奏しているイメージはないんですよね。

村戸

実はライブハウスが苦手なんです(苦笑)。


河合

ライブハウスに出させていただくこともありますけど、音がすごくデカかったりして疲れちゃうことがあって。重い荷物を背負って会場に行って、それからリハをやって演奏をして。デカい音で演奏を聴いて、「何を得たんだろう?」となることがあるんですよね。


大宮

三人とも、盛り上がってる感じとかはあまり好きじゃないところはあって。


河合

ハイスタをコピーしてた時ですら、モッシュとかを好きじゃなかったですからね(笑)。

CONTRAST [インタビュー] Gustave Coquiot | ただ納得のいく表現を求めて

ライブに消極的なわけではないんですよね?

河合

はい(笑)。今はアルバムの録音作業があったことで、ライブ自体をほとんどやってないですけれども、1stアルバムを出した時点ではアコースティック編成でライブをやることが多かったので、移転する前の千年一日さんとか、カフェのような小規模の場所でやらせてもらうことが多かったんです。でも作っていく曲は変わっていきますし、自由に音を出していきたいとなると、それ以上の規模の場所が必要になってくるんですよね。そういう意味では、ライブハウスで演奏したいという気持ちはあったんですけど、先ほどのような悩みがありまして(笑)。


大宮

電車とか人混みが苦手で。

社交性がないというわけではないと思っていて。

村戸

人は好きなんです。すごく寂しいんですよ。


大宮

人恋しいけど人混みには行けないジレンマ。


村戸

僕は立食パーティーが一番怖い。あの、何か色んな人と話さなくちゃいけないような雰囲気が。表面的な付き合いが得意ではないんですよね。


大宮

飲み会とかもあまり得意ではないですけど、ジャズ研とかは数年来の付き合いになるので、そういう人たちと集まると気兼ねないんです。でも、知らない人が一人、二人、三人目からはいっぱいになるんですよ(笑)。個人的には上手く振る舞えていると思っても、どうやら滲み出るものがあるらしくて。相手側からはすごく心を閉ざしてるように見えて、冷たく感じると言われることもありますね。でも、何でもオープンがいいのかといえば、それは違うと思うんですよね。


河合

彼らが言う心が開いていないというのは、彼らの形式を消費していないというだけで。


村戸

そうそう。

CONTRAST [インタビュー] Gustave Coquiot | ただ納得のいく表現を求めて

ライブハウスの話から、陰鬱な話に広がるとは思いもしませんでした(笑)。

大宮

(笑)その問題は26年間生きてきて、未だに見つからない答えなんですよ。ここの隣りでPEOPLE BOOK STOREをやってる植田さんとかは、よくイベントをやっていたので、僕はそのお手伝いをさせていただいていたんですね。そういう密な感じに馴染んでくると、すごくヤーマンな感じで人が多い場所でも、不思議と自然でいられる。その人たちに確固たるものがあるんだと分かってくると、話が出来るようになってくるというか。要は時間が掛かるんですね。ただ盛り上がってその場で終わるのではなくて、人が根付いている、街の人が動いているという感覚で話が出来るようになってくるというか。


村戸

それはある。何かのイベントに行って、ワーッと盛り上がっているところで知らない人と話すなんて未だに出来ない。


河合

「イェーイ!」ってなんだろうね。


大宮

ほんとだよ。僕は幸運なことに名前が麻比古で麻と付くので、ヤーマンな方たちには一発で覚えてもらえましたけど。