CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] 生業とライフワークの境界線

生業とライフワークの境界線

美濃隆章(プロフィール)

美濃隆章

プロフィール 美濃隆章
1974年生まれ。神奈川県出身。toeのギタリスト。元POP CATCHER、REACHのメンバー。
レコーディングエンジニアとして、toe、クラムボン、bonobos、kowloon、dry river string、Spangle call Lilli lineなど、様々なバンドの音源に携わる。

toe
2000年結成。日本を代表するインストゥルメンタルバンド。メンバーは山嵜廣和(ギター)、美濃隆章、山根敏史(ベース)、柏倉隆史(ドラム)。ダイナミックに展開されるエモーショナルな楽曲と感情剥き出しのライブパフォーマンスで、世界中の音楽ファンを魅了して止まない。最新作『The Future Is Now EP』を2012年6月20日にリリース。FUJI ROCK FESTIVAL 2012 GREEN STAGEへの出演を果たし、9月には初のヨーロッパツアーを大成功に収める。その模様を収録したDVD『8 days dvd -toe EU tour 2012-』を2013年2月20日にリリースしたばかり。震災チャリティ曲「Ordinary Days」も絶賛配信中。
toe ウェブサイト

「いまだにバンドで飯が食えるって思ってないからね」

これは『THE FUTURE IS NOW EP』リリース時に行なった、山嵜廣和とのインタビューから出てきた言葉である。山嵜が言うように、toeのメンバー全員がtoeだけを生業として捉えていない。それなのに、彼らのフォロワーは後を絶たず、去年はFUJI ROCK FESTIVALのGREEN STAGEに立ってしまったし、今月リリースされるDVD『8 days dvd -toe EU tour 2012-』に収められている初のEUツアーはソールドアウト続出。彼らの音楽はとてつもない求心力を帯びて国内外に響き渡り、絶大な支持を得ていることを印象付ける一年となった。

toeのメンバーに、これまでのDialogueの中で何度も名前が出てきた人物がいる。それは美濃隆章である。toeのギタリストとしては然ることながら、普段はレコーディングエンジニアとして活動する彼は、ドラマーを生業とする柏倉隆史と同じく、音楽を生業としている。音楽漬けの毎日を送るミュージックマンは、どんな感覚でバンドとレコーディング仕事に臨んでいるのか。美濃の名前が出る度に、そのスタンスを知りたい興味は高まるばかりだった。

今回のインタビューでは、美濃の生い立ちから現在に至るまでの変遷を語ってもらっている。場所は、toeの自主レーベルMachupicchu INDUSTRIASにて。オフィスは、toeのベーシストである山根敏史が代表を務めるOPEN YOUR EYESとシェアしているのだが、偶然にも当日は山根もその場に居合わせ、会話の所々に参加してもらった。美濃を形成する要素を探るべく始まったインタビューは、あまり語られていないtoe結成時のエピソードや、一昨年、toeを見舞った機材車盗難事件についても及ぶ。いま挙げた一つひとつのトピックから、美濃隆章という男の人となりが分かるインタビューとなっているので、心して読んでもらいたい。

Text by Shota Kato Photo by Takuya Nagamine

バンドをやろうと思ったのは中2、きっかけはBOOWYだった

美濃さんは横浜出身でしたよね。

美濃

そうなんですよ。生まれた時から今までずっと住んでいて。

小さい頃から音楽って身近でしたか。

美濃

身近だったかな。母親が歌を歌う人なのね、声楽というか。


山根

え、そうなの?


美濃

(笑)うん。プロではないんだけど。


山根

すごい、知らなかった(笑)。


美濃

すごくコアなところから話してるよね(笑)。まあ、そういうこともあり、小さい頃から家にピアノとかがあって、母親はそういうふうに俺に音楽をやらせたかったのかもしんない。

CONTRAST [インタビュー] 美濃隆章 | 生業とライフワークの境界線―

ご兄弟っています?

美濃

姉ちゃん二人の三人兄妹で一番下なんだけど、最悪でしょ(笑)。母親は僕が鼻歌を歌ったやつを楽譜に起こしてくれて、「あんたが昨日歌ってたのこんなよ」って伴奏を付けて歌ってくれたりして。まだ家に残ってるかも。気持ち悪いでしょ(笑)。

ギターとかバンドに興味が出始めるのは、いつ頃ですか。

美濃

バンドをやろうと思ったのは中2で、きっかけはBOOWYですね。

やっぱり(笑)。

美濃

BOOWYとメタリカのコピーバンドをやってた(笑)。あとはガンズ(ガンズ・アンド・ローゼズ)とか。BOOWYの『CASE OF BOOWY』っていうビデオが1巻から4巻まであってさ、テープが擦り切れるぐらい見てたもん。ヴァン・ヘイレンの「PANAMA」って曲にハーモニクスの部分があるのね。どうしてもそこだけを弾きたくて、エレキギターを買ったの。

CONTRAST [インタビュー] 美濃隆章 | 生業とライフワークの境界線―

美濃さんってかなりハーモニクスを使いますよね。

美濃

ああ、そうだね。もしかしたら、そこから始まってたのかもしれない(笑)。

山嵜さんのインタビューでもBOOWYの話になったんですよね。

美濃

やっぱり世代だからさ。僕が住んでたのは横浜の方でも田舎だったのね。オシャレな先輩とかもいないし、周りはヤンキーばっかだったから、音楽もあまり知らなくて。根本くんって分かる?

ネモジュンさん(根本潤、ex.Z / hununhum )ですか?

美濃

そう。ネモジュンも地元がすごく近くで、たまたま僕の友達と塾が一緒だったの。中2の時にガンズとか聴いてたら、友達からネモジュン情報が回ってきて、「メタリカ聴いてみ?ガンズなんて音が無いも同然だぜ」みたいな感じで言われてさ(笑)。それでメタリカを聴いて「マジか…」って思うような中学生でしたよ。

すごいですね、中学の時から間接的に知ってたって。

美濃

メタリカをコピーしたのは、ネモジュンがいたからかもしんないね(笑)。

ちなみに、最初に買ったCDとかレコードって覚えてます?

美濃

中1の時に買った『オーバー・ザ・トップ』のサントラと、ペット・ショップ・ボーイズの『悲しみの天使』ってやつかな。


山根

中1でそれは早いよね。


美濃

そうなの?小6の時にTM NETWORKが好きだったんだけど、TM NETWORKとペット・ショップ・ボーイズって繋がってたでしょ?「僕はTM卒業したから」とか言って、ペット・ショップを聴くようになるっていう(笑)。ペットショップは今でも好きですけどね。

いま思うと、僕の人生の先が決まる分岐点だったのかもしれない

オリジナルの曲をやるようになるのは、高校の頃からですか。

美濃

ATATAってバンド分かる?

はい。

美濃

高校の時に、ナベ(奈部川光義、ATATAヴォーカル)と一緒にバンドをやってたのね。

え、マジですか!

美濃

そうそう。彼はパンクが好きでクラッシュが大好きだったから、「クラッシュのコピーやろうぜ」みたいな感じになって。でも僕は全然興味がなかったんだよね。「ギター早くないからつまんねーな」とか思って(笑)。でもやってるうちに好きになって、パンクっぽいオリジナルをやるようになって。その延長線上でギターポップとか、パワーポップとかメロコアとか、ああいうのを聴いていて、そういうバンドをやりたくなったんだよね。

popcatcherに繋がるわけですか。

美濃

うん。でも僕は一時期バンドをやってなかった時期があって、1,2年とか。友達のライブを観に行くと、すげえ悔しいの。「ちょっと弾かして」みたいな(笑)。その空白期間を経てpopcatcherをやり始めて。

popcatcherはどんなことで始まるんですか。

美濃

ちょうど同級生で周りにHUSKING BEEとかがいて、「またバンドやりたいなぁ」と思ってたら、クボタくん(クボタマサヒコ、kuh / ex. popcatcher / ex.BEATCRUSADERS)と出会ってバンドやろうっていうことになって。もしかするとナベとバンドをやってなかったら、popcatcherもなかったんだろうね。クボタくんを紹介してくれたのもナベだし。いま思うと、僕の人生の先が決まる分岐点だったのかもしれないね。それが20歳ぐらいの時。

CONTRAST [インタビュー] 美濃隆章 | 生業とライフワークの境界線―

toeを結成する前にみんなで鍋食ったんだよね

僕、美濃さんを知ったのはREACHなんですね。toeのメンバーだと、REACHで一緒だった柏倉さん(柏倉隆史、toe / the HIATUSドラム)と一番付き合いが長いですか。

美濃

どうだろうなぁ。


山根

山ちゃん(山嵜廣和、toeギター)じゃない?


美濃

あぁ、山ちゃんと一緒ぐらいかも。柏倉は対バンなどで10代の時から知ってたけど、山ちゃんもtoeをやる前から知っていて。バンドではなく普通に友達だったんだよね。ある日、急に電話が掛かってきて、「バンドやろうと思ってるんだけど、ギター弾いてよ」って言われて。それで「ドラムは柏倉がいいから連絡とっといて」って言われて。「ベースは一緒にやってたサトシってヤツがいるから、そいつでいいでしょ?」って(笑)。


山根

ははは!「誰それ?」って感じだよね(笑)。

CONTRAST [インタビュー] 美濃隆章 | 生業とライフワークの境界線―


美濃

いま思い出したんだけどさ、toeを結成する前に、みんなで鍋食ったよね。山ちゃん家で。


山根

あった、あった。


美濃

あとね、皆で練習に入る前に、山ちゃんが僕の家に泊まりに来たことがあって。起きてからギターを弾き始めて、ちょっと合わせてみようみたいな感じになったんだよね。家にあったDATレコーダーを使って、二人で何時間かギターを弾いたの。それでギター二本だけのデモテープみたいなものが出来て。それを柏倉とサトシに渡して、toeがいきなり始まったんだよね。

結構、急な始まりだったんですね。toeの結成は2000年と書いてありましたけど、美濃さんと柏倉さんはREACHと同時進行ですよね。

美濃

あ、それは違う。柏倉はずっとREACHをやってたけど、俺はtoeをやってる最中にREACHを始めたんだよね。MACOさん(SLIME BALL、ex.REACH)、わかる?

はい。

美濃

MACOさんがずっと「一緒にバンドやろうよ」って声を掛けてくれて。toeをやって1年ぐらいしてからだったかな。

今思えば、toeはやりたいことが明確だったのかもしれない。

デモではじめて合わせた曲って覚えてます?

美濃

「Leave Word」。

おぉ。

美濃

あとなんだっけ?


山根

「yoru wa akeru」じゃなかった?


美濃

あー、そうだったかも。さっき話した、山ちゃんが僕ん家に泊まった時って呑んでてさ、起きて咄嗟にやったわりには「お、いいじゃん」みたいな感じのものが出来て。手法も今と全然違ってさ。

CONTRAST [インタビュー] 美濃隆章 | 生業とライフワークの境界線―

どう違うんですか。

美濃

今はがっちりコンピューター上で作り込むんだよね。昔は思いついたものを録ったりしながら、リハーサルスタジオで作っていく感じで。まあ、リハーサルスタジオでやっていたことをコンピュータ上でやっているだけなんだけど。録ったり消したり繰り返しながら。

toeの曲って、アコースティックなアプローチが増えましたけど、やっぱりエモさって残るじゃないですか。

美濃

うん(笑)。

エモって、音楽的な共通言語としてあるんですか。

美濃

あると思うよ、たぶん(笑)。

去年の『THE FUTURE IS NOW EP』のインタビューで、山嵜さんの場合はそのとき聴いている音楽の要素がtoeの曲に反映されるっていう話があったんですけど、美濃さんはどんな音楽を聴いてるんですか。

美濃

最近、全然聴いてないんだよね(笑)。仕事で録音してるバンドの制作途中の音源を移動中に聴いて、「ここを変えた方が良いんじゃないか」とか、そんなことを考えることの方が多くて。でも、ループミュージックとかクラブミュージック的な質感がここ数年は好きなので、音色とか無意識のうちに反映されてると思う。随分前の話になっちゃうけど、アート・リンゼイの『Invoke』っていうアルバム分かる?

はい。最近、聴きましたね。

美濃

あのアルバム、結構前だよね。

たしか2002年ですよ。

美濃

そんな前なんだ。そのぐらいからギターがギャンギャンしてる音楽はあまり聴かなくなったと思う。でも90年代エモシーンは、いま聴き直しても「おぉ、かっけー!」ってなるからさ、根底に染み付いちゃってるんだと思う。その感じにエッセンスというかスパイスみたいなものが欲しくて色々掻き集めたいというか、それがクラブミュージックだったりしてさ。でも、鳴ってるメロディーとかコード感は、きっと変わらないんだろうね。

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