CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] 懐かしいようで新しい場所

懐かしいようで新しい場所

SPECIAL OTHERS(プロフィール)

SPECIAL OTHERS

プロフィール SPECIAL OTHERS
宮原 "TOYIN" 良太(ドラム)、又吉 "SEGUN" 優也(ベース)、柳下 "DAYO" 武史(ギター)、芹澤 "REMI" 優真(キーボード)

1995年、神奈川県立岸根高校の同級生だったメンバーにて結成。2000年頃より東京、横浜を拠点に、インストバンドとしての利点を生かし、クラブでのDJイベントやレストランバー、路上などで活動。その活動が話題となって2004年と2005年にインディーズ盤2作品をリリース。その後、FUJI ROCK FESTIVALなど各地フェスでのパフォーマンスが好評を博し、2006年6月にミニアルバム『IDOL』にてメジャーデビュー。以後、ロッキンやサマソニ、ライジング等、様々なフェスへの出演やロック等、様々なジャンルのアーティストとの共演など更に活動の場を拡げる。2009年4月にリリースした3rdアルバム『PB』ではオリコンチャート10位に初登場。それに伴うツアーでは、初の日比谷野外大音楽堂でのワンマンライブは即日完売となる。2010年10月に約1年半ぶりのリリースとなる4thアルバム『THE GUIDE』も、前作から続き2作連続のオリコンチャート10位にランクイン。それに伴うツアーでは、初のZepp東京でのワンマンライブも即日完売となる。

2011年はコラボイヤーと銘打って、様々なコラボレーション作品を制作し、その集大成となるコラボ作品集『SPECIAL OTHERS』リリース。オリコンチャート10位に初登場し現在ロングセラー中。2012年に入ってからは旧譜の海外配信がスタートし、3月にはバンド史上初となる「ものすごい規模の全米ツアー!?」を成功させた。
これまでにミニアルバム4作品、フルアルバム4作品、コラボ作品集1作品、DVD1作品、限定シングル5作品、配信ライブアルバム5作品、アナログ盤2作品をリリース。メンバーのミドルネームはTony Allen氏によるもの。
SPECIAL OTHERS ウェブサイト

ヴォーカリストたちとの歌モノ・コラボイヤーを経て、SPECIAL OTHERSの新たなシーズンが幕を開けた。10月10日にリリースされた丸二年ぶり(それもぴったり二年)となるオリジナルアルバム『Have a Nice Day』は、彼ら本来のスタイルであるインストバンドに回帰した、いつものSPECIAL OTHERSを感じさせる作品だ。コラボイヤーという一大イベントを終えて、バンドとして一つの節目を通過したように感じるし、いわゆる原点回帰という形に映るのかもしれないが、それはきわめて表層的な捉え方のように思う。

コラボイヤーが明けて、4人は意図的に自分たちのルーツに立ち返ろうとしたわけではない。あくまでも自然体。もしも彼らに何かが作用しているのであれば、それはコラボイヤー後に訪れた、彼らが影響を受けてきた音楽の故郷にあたるアメリカでの時間に他ならないだろう。現地でストリートライブやライブハウスでの演奏を経験し、憧れてきた音楽が生まれた場所の雰囲気を肌で感じることができた。アメリカの文化に触れたことによって、今までイメージでしか語れなかったことにリアリティが伴った。だから、単に一周してスタート地点に戻ってきたわけではないし、いま彼らが立っている場所は原点のようでそうではない、まったく新しい場所だと思うのだ。

そこで今回は、コラボイヤー以降のSPECIAL OTHERSのトピックを整理して、メンバーそれぞれの経験談を語ってもらった。初のアメリカツアーとホールツアーが4人にもたらしたものは何か?SPECIAL OTHERSの現在地を探る。

Text by Shota Kato Photo by Nozomu Toyoshima

ホールツアーの不安と収穫。

まずは今年の夏に三箇所を回ったホールツアーの話から聞きたいんですが、ホールと普段のライブハウスとの一番の違いってどこに感じましたか。

宮原

やっぱり、椅子があるっていう状況ですね。

渋公(渋谷公会堂)のライブを見させていただいたんですが、すごく堂々としていて、ライブというよりもショーを見ている感覚でした。

芹澤

そうですね。いつもよりも舞台感があったというか。


柳下

ホールっていう場所に俺らが引っ張られてじゃないけど、ちょっと見せ物として面白いものをやりたいなと思って。普段と違ってスクリーンを出したり、演出的にニューヨークのストリートライブと同じ形にしてみたりとか。

ホールならではの見せ方だと思いますし、渋公を空間として上手く使っていましたよね。

芹澤

俺ら的には不安だったというか、ワンマンライブをライブハウスでずっとやってきたから、「ホールってみんな座って楽しめるのかな?」とか「踊れるスペースってちゃんとあるのかな?」って思ってたんだけど、思いのほかみんな「よかった。また見たい!」って言ってくれるから、やってよかったなって。身内の中で「上手くいくの?」とか「お客さん喜ぶの?」みたいな声もあったけど、実際に俺たちとしてもどうなるかわからなくて。


又吉

はじめてやることだったからね。

CONTRAST [インタビュー] SPECIAL OTHERS | 懐かしいようで新しい場所―

コラボアルバムに収録されている「Saillin’」のアコースティックセットにはカウンターパンチを食らいました。

芹澤

あれは俺らが歌っても様にならないからっていうのが一番の理由で(笑)。アコースティックでやったら俺らとしては楽しいし、お客さんも喜んでくれるんじゃないかなって。


柳下

フルセットだと「Kj(Dragon Ash)来るんじゃねえの?」って思われちゃうから(笑)。

見せ方しかり、普段のワンマンライブと違う点がたくさんありましたよね。アンコールまで一切MCを挟まなかったのはどうしてですか。

宮原

「そんなに喋るバンドでもねえな」って思ってきたっていうか(笑)。別にそんな面白いことも言えないし、喋るのも上手いわけじゃないので。


芹澤

はじめての場所とかフェスだと挨拶がてら話すこともあるんだけどね。


宮原

MCで盛り上げるというよりは、音で惹き付けたいという気持ちもありますしね。だから、ホールツアーのときはほとんどMCを挟まなかったですね。

あと、ワンマンライブではおなじみの1stセットと2ndセットに分けなかったのもはじめてですよね

芹澤

席にずっと座って間の時間を過ごしていても、そんなに楽しい時間じゃないのかなって。逃げ場があって外でお酒を買い直しながら、1stと2ndの合間に喋れる空間があればよかったけど、ただ座って待ってもらっても、「やっぱり様にならないかもな」っていう気持ちが大きくて。例えば、野音(日比谷野外音楽堂)は動ける雰囲気があるけど、渋公は映画館的に座ったら最後まで見るっていう雰囲気がどこかにあるじゃないですか。

あぁ、たしかに。お客さんの立場になった考え方なんですね。

宮原

今度からはハコのヴァイブスで通しのセットにするのか、1st,2ndセットにするのかを決めていったほうが面白いのかなと思ったりもしましたね。

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慣れない環境の中での全米ツアー。

次は全米ツアーの話をお願いしたいんですが、3月7日に出国して15日に帰国だから、実際の滞在時間は8日とかですか。

又吉

そうそう。

ツアースケジュールを見させてもらったんですが、タイトすぎる日程でしたね(笑)。

芹澤

血尿騒ぎが出るくらいのスーパータイトな日程で(笑)。


宮原

俺が血尿は出るわ、風邪は引くわで大変でしたね。扁桃腺も腫れて。ニューヨークって湿度がものすごく低いんですよ。


芹澤

向こうの5-hour ENERGYっていうヤバそうな強壮薬を飲んだら、すっげえ元気になった代償に吐き気もすごくて(笑)。

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国内ツアーでもこのスケジュールは、まずないですよね。

宮原

絶対にないですね。


芹澤

もしそうならば、俺は断る。

(笑)でも、この日程を了承したんですよね?

柳下

突然スケジュールを渡された感じなんですよ。

え?

芹澤

アルバムのDVD(初回限定盤のみ付属)に全米ツアーが収録されていて、その映像の初っ端にも入ってるんですけど、打ち合わせって聞いて呼ばれた会議室で「全米ツアー決まりましたー!」っていきなり拍手で迎えられて、カメラも回っていて。そんな感じにいきなり「あなたたちに選択権はないから行ってきてください」って。


柳下

「なんだこりゃ?」みたいな。ニューヨークヤンキースの帽子だけ4つ渡されて。


芹澤

でも俺らも馬鹿だから「アメリカに行けるんだ!」って。バンドのリハでも「アメリカ行ったら~したくね?」みたいな話で盛り上がって。


宮原

ガイドブックとか買って夢を膨らませたんですけど、行ってみたら、まったく必要なかったことに気付くんですよね。行く暇がないっていう(笑)。

ニューヨークでは13時間の滞在に対して7回もストリートライブをやったそうですね。

芹澤

もう飯の時間すら削って。


又吉

ろくな飯を食ってない気がするなぁ。


柳下

だいたい歩いていたからね。


宮原

朝の8時半に外出して、夜の1時半までずっと歩いているっていう謎の行程もあったり、詰め込めすぎた感が満載で(笑)。

向こうもその時期は冬ですよね?

芹澤

ニューヨークは3度とか4度だったよね。


又吉

日中は少し暖かかったけど、夜になると寒くてビル風もすっごい吹いていて

CONTRAST [インタビュー] SPECIAL OTHERS | 懐かしいようで新しい場所―


宮原

天気の変わり方が日本と少し違うのかもしれないです、ニューヨークは。いきなり雨が降って、1分もしないうちにめっちゃ寒くなったりしたから。


芹澤

かと思えば、ニューオーリンズは26,7度くらいで。


柳下

クソ暑かった。半袖でいけるぐらいでしたね。

移動時間も長くて大変だったでしょうし。

柳下

いやー、長かったですね。車の移動がかなり長くて、ニューヨークから片道6時間ぐらい掛けてシェラキースに行って、ライブをやったその日の夜12時過ぎぐらいに出発して、ニューヨークに帰ってきたのが朝の7時前ぐらいで。


宮原

東京から大阪よりもうちょっと行ったぐらいのところまで車で日帰りで行って、ライブをして帰ってくるぐらいの行程だと思いますね。


柳下

しかも海外の知らない土地で、時差もある中で訳も分からなくなって。ナイアガラの滝まであと40分ってところまで来てたのに、切なくなったよね。


芹澤

観光名所でもストリートライブをやったんだけど、そこに行った事実はあっても楽しむ余裕はなくて。


宮原

ニューヨークで1時間だけ自由時間があって、エンパイアステートビルに行ったけど、「1時間じゃ見れないよ」って言われて帰ってきたぐらいで(笑)。

影響を受けてきた音楽が生まれた空気感を知る。

スペアザが影響を受けてきた音楽はアメリカのものが多いですよね。

宮原

うん、そうですね。

例えば、PHISHだったりメデスキ(MEDESKI MARTIN & WOOD)もアメリカのミュージシャンですし、そういった自分たちのルーツ的な人たちの国で演奏できたことはすごく感慨深かったことだと思っていて。

柳下

本当にそのとおりで。今まではニューオーリンズやニューヨークの音楽をこっちで聴いて、それが俺たちの音楽のルーツにあったりするんですけど、その空気感とかをアメリカに行ったことで知れたのは大きいですね。「あのバンドはニューオーリンズのバンドなんだよなぁ」って言うだけじゃなくて、その空気感を知った上でバンドのことを言えるのは違うというか。どうしてあの音楽が生まれたのか、ニューオーリンズの街中でブラスバンドが朝から晩までストリートライブをずっとやってるあの雰囲気の中で、あの陽気な音楽が生まれてきたんだっていう。自分たちが昔に聴いていた音楽をより思い出したし、影響を受けてきた音楽ってこういう音楽だったなぁって。

CONTRAST [インタビュー] SPECIAL OTHERS | 懐かしいようで新しい場所―

ライブで同じ曲を同じやり方で演奏しないスタイルも彼らからの影響ですよね。

芹澤

そうですね。でもPHISHだったりメデスキ以外にもCritters Bugginもそうだし、古く言えば色んな人がデッド(THE GRATEFUL DEAD)から影響を受けて、それをまた俺らが影響を受けてっていう話かもしれないし。


宮原

俺たちはそういったバンドみたいな音楽をやろうと思って曲を作ったわけではなくて、ただ好きだったからこそ自然とそういったエッセンスが入った。そう考えたほうが正しい気がしますね。


柳下

例えば、PHISHにはもっとカントリーとかアメリカに根付いた音楽があるけど、俺たちにはそれがない。だから違ったんでしょうね。俺たちは色んなバンドのいいところを吸収しようと思って、音楽を聴いてきましたから。


芹澤

音楽って元を正せばセッションだし、作る前段階なんて絶対セッションで、ただそういったことを俺らはライブでもやっているっていうだけの話なんですよ。

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