CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] たとえ馬鹿だと思われても

たとえ馬鹿だと思われても

松葉邦彦(プロフィール)

松葉邦彦

プロフィール 松葉邦彦
1979年東京生まれ。2005年東京藝術大学院修了。2007年に一級建築士資格を取得(登録番号327569)。同年、TYRANT一級建築士事務所を設立。旧廣盛酒造所再生計画(2010-2011年)でJCDデザインアワード2011新人賞受賞。2012年度より建築家としてだけでなく、活動拠点である八王子にて「18.43 Tamachi Renovation Project」をスタート。国内外のアーティスト・工芸作家によるワークショップや展示、ライブ、国内トップクリエイターによる対談型トークイベントなどを開催し、八王子の魅力を再発見するプロジェクトを手掛けてゆく。

TYRANT一級建築士事務所
18.43 Tamachi Renovation Project

皆さんは建築家と聞いて、どんな人物像を思い浮かべるだろうか。理知的で物腰は穏やか。格好はシャツスタイルに革靴の組み合わせ。空間や建物を設計・デザインするという職業柄と、安藤忠雄や伊東豊雄といった有名建築家の姿から、僕の中ではざっくりとスマートな風貌の人物像が出来上がっていた。

それを根底から覆した男が松葉邦彦である。独立後初めて手掛けた「旧廣盛酒造所再生計画」で2011年度のJCDデザインアワード新人賞を受賞した、今後の活躍が楽しみな若手建築家の一人なのだが、その風貌は僕の建築家像とは大きく乖離している。昨年、彼のホームページを訪れた時のこと。目に飛び込んできたのは、大判のサングラスをかけた、なんともいかつい男の写真。身に纏っている服装からは、どこかストリートの匂いが漂っていた。その姿と建築家という肩書きにアンビバレントな感情を抱いたのは言うまでもないが、同時に「我が道を貫く」という強い意志も感じた。

松葉は今年から「18.43 Tamachi Renovation Project」をスタートした。彼の活動拠点である八王子市の魅力を、ものづくりやクリエイティブの視点を通じて再発見するという地域活性のプロジェクトだ。建築家だけでなく、町づくりの領域に足を踏み入れ、松葉は何を実現しようとしているのか。周りになんと言われようと、絶対に自らのスタンスを貫く。

撮影協力:MODESTE

Text by Shota Kato Photo by Daisuke Taguchi

エリートの足を引っかけて転ばせたくなる。

松葉さんのホームページを初めて拝見した時、失礼ながら「本当にこの人は建築家なんだよな…」って疑ってしまったんです。サングラスと赤いネックレスをしていたから。

松葉

あれは周りの人たちからも不評で止めたほうがいいと(笑)。

今はサングラスを外した写真ですよね。

松葉

そうですね。あとでサングラスをかけて撮影してもらってもいいですか?

よろこんで。

松葉

昔は金髪でしたからね。しかも、ハットを被ったプロフィール写真を先輩に「お前はDJか」と怒られたこともあって。ヒップホップが好きなわけでもないのに、ルーズなファッションがかっこいいと思っていた頃もありましたね。

それは完全に松葉さんのスタイルですよね。

松葉

若干、僕は建築家としての出が悪いんですよ。有名建築家の方って、東大出身で辰野賞を獲っているとか、立派な経歴があるじゃないですか。僕の昔からのスタンスは、そういったエリートの方々に途中で足を引っかけて転ばせたくなるんですよね(笑)。

CONTRAST [インタビュー] 松葉邦彦 | たとえ馬鹿だと思われても

分かる気がします(笑)。そういう松葉さんも東京芸大ご出身じゃないですか。

松葉

僕は大学院だけなんですよ。多いんです、大学院から入って来る学生って。元々は某私立大学の工学部建築学科の出身で。

東京芸大の大学院ってハードル高そうですね。

松葉

建築家としてのキャリアを考えた時に、大学院に進むべきだと思ったんですね。僕はハナから建築家になるつもりだったし、ほとんどの人が当たり前のように大学院に進むんですよ。東大とか早稲田とか芸大とか色んな選択肢がありましたけど、僕は一番(東大)が好きじゃなくて。

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ご自身の肌に芸大は合ってましたか?

松葉

始めから行っておけば良かったなと(笑)。でも大変でしたね。構造力学という学問を勉強したことが無かったから、入試で零点を獲ったこともあって(苦笑)。これは掘り下げると酷い話ですよ。

建築家になるつもりだったと仰っていましたけど、ずっと高い志を持っていたんですね。

松葉

きっかけはなんとなくですよ。中学の時に通っていた予備校の先生に「建築士になったら?」と言われたことは覚えているんですけど、身の周りに建築家なんていなかったですし。あと小学校の時の文集に建築士か建築家になるって書いていたらしいんですけど、言った覚えはないんですよね(笑)。でもよく考えたら、ウチの母親は元ファッションデザイナーだったり、祖母のお兄さんが芸大の油絵科だったり。あとは祖母の伯父さんが東大の図学か何かの教授だったみたいで。

血は争えないと。

松葉

でも、親族トータルで見ると公務員の血統なんですよ。硬い家系に生まれると風当たりが辛くて(笑)。

新卒で設計事務所に入ろうとはしなかったんですか?

松葉

就職活動はほとんどしなかったんですけど、某化粧品会社のグラフィックデザイナー職の採用を受けたんですよ。建築専攻の学生がそのまま建築事務所に所属しても面白くないと思って。まあ余裕で落ちましたけど(笑)。

要は捻くれていたんですね。

松葉

世の中をなめ過ぎなんですよ。大手の設計事務所も受けたんですけど、履歴書の写真は茶髪で、スーツからシャツははみ出ているわで。

それは書類選考で完全にアウトですね。

松葉

ポリシーなんてかっこいいものじゃなくて、単純に頭が悪かったというだけで。親にはこんな風に育てた覚えはないって言われるんですけどね(笑)。

最もシンプルで美しい最短距離を。

大学院を卒業して設計事務所に勤めることもなく、28歳でご自身の設計事務所を設立しているんですよね。

松葉

僕が思っている建築家って、例えば安藤忠雄さん、伊東豊雄さんっていう方たちはご自分の名前の設計事務所を構えているじゃないですか。もちろんどこの出身でどんな経歴でというのは重要なんですけど、最終的に自分の名前を看板に勝負するなら早いほうが良いと思った。それだけですね。

最短距離を。

松葉

そう。自分の中で最もシンプルで美しい最短距離を行こうとするんですよ。山でもそうですけど、最短距離って結構キツいじゃないですか。ほとんど崖を登っていくようなものですから。そういうことだと思うんですよ。

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一番近いルートがいばらの道だったっていう。

松葉

実践してよく分かりました(笑)。

でも設計事務所に所属するメリットも大きいじゃないですか。コンスタントに案件を任せてもらえたり、一級建築士の資格を取得した何年後かに独立出来るようなシステムがあったり。スキルと経験を蓄えながら、自然と目標が見えてきますよね。

松葉

たしかにそうなんですけど、僕は人の言いなりに動くのが一番嫌いだったんですよ。今ならば「給料を貰っているからな…」と考えられますけどね。

そういえば、松葉さんの設計事務所はご自身の名前を看板にしていませんよね。

松葉

建築家の家業って基本的に一代限りなんですよ。もちろん続いているところもありますけど、例えば丹下健三さんの設計事務所は企業として残っていて、それはすごいことだと思います。でも、丹下さんが建築家として最も勢いのあった時を継続しているかと言ったら、それは無理なんですよね。僕はアーティストよりも、パリコレとかに出ているファッションデザイナーのほうが共感出来ると思っていて。商売が違うから一概には言えないんでしょうけど。

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どういうことですか?

松葉

例えばシャネルのデザイナーは、カール・ラガフェルドによって引き継がれているじゃないですか。マーク(ジェイコブス)もルイヴィトンをやっているし、(マルタン)マルジェラもエルメスにいたし。設計事務所を立ち上げるならば、これから10年先とかじゃなくて、むしろ僕が死んだ後のほうが勢い付いている、という方が面白いなと思ったんですよ。60歳くらいまでは僕がメインで構わないんですけど、ファッションデザイナーの世界と一緒で、次第に僕より年下の人間がディレクションするようになれば良いんじゃないかと。

松葉イズムを継承しつつ、新しいものを生み出してもらうと。

松葉

そういうことです。

TYRANTってどういう意味なんですか?

松葉

暴君とか専制君主とか、とんでもない名前なんですよ。

ははは!どうしてこの名前に?

松葉

簡単ですって。僕がわがままだからっていう。誰かに言われたんですよね。僕がスナック菓子を食べている時に「そのお菓子、すごく似合う」って。

あぁ『暴君ハバネロ』ですか。

松葉

僕は嫌みを言われているということに気が付かなくて(笑)。

(笑)。なぜ事務所を八王子に?

松葉

僕は生まれが中央区の築地で、その後数週間は母の実家がある日本橋にいたんですけど、残念なことに生後一ヵ月からずっと八王子で暮らしていて。

じゃあ、地元に事務所を構えようと。

松葉

というより、青山とか都心部に事務所を構えたい憧れはありましたけど、先駆者がたくさんいますから。たしかに経済的な理由はありますけど、一番はこの街で建築家やデザイナーを目指している人は誰もいないんじゃないか?という仮説があって。もちろん美大生はいますよ。今でこそクリエイティブに携わっている人がいることを知りましたけど、僕が事務所を開設した当時って聞いたことがなかったんですよ。

都心まですぐに出て行けてしまうのもあると思いますし。

松葉

志半ばで帰ってきた人たちを何人も知ってますからね。

とりあえずクレジットカードをゴールドに。

大学院を卒業してから独立までに約3年の時間が掛かっていますけど、この間はどうしていたんですか?

松葉

それまでは一級建築士の資格を取るための勉強に専念したり、独立するまでは、大学院の同級生が就職した会社でアルバイトをしていました。その同級生の指示通りに図面を描いたり、役所に書類を提出したり。一級建築士なのに(笑)。

でも27歳で一級建築士の資格を取っているのは立派じゃないですか。

松葉

大学院修了した年の秋くらいにあの姉歯事件があって、早く取らないとマズいなと。学科試験3ヶ月くらい前から必死に勉強して何とかその年の試験に合格して。

あの一件で試験が難しくなったって聞きました。

松葉

そうなんですよ。前年と比較にならないぐらいに。

大きく揺れ動いている時に取ったのは大きいですよね。

松葉

そうですね。事務所を開くならば、二級建築士の資格でも出来るんですよ。あと今はほとんどいないと思いますけど、木造建築士という資格でも木造建築士事務所を開くことも出来ますし。これは何が違うかというと、設計出来る建物の規模に制限があるんですよ。一級は日本の建物ならば何でも作れるけど、木造は木造建築しか作れない。二級だと鉄骨で何平米以下は駄目だという制限があって。二級を取って一級を取るみたいに積み上げる人も居るし、僕の場合は面倒だから一級を取れば良いという発想ですね。

ここにも最短距離の精神が。実際に自分の事務所を構えた時の心境って覚えてますか?

松葉

とりあえずクレジットカードをゴールドにしようと(笑)。

ははは!(笑)

松葉

我ながら馬鹿だと思いますよ。呑み会で自慢をして(笑)。

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