CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

contrast

CONTRAST [インタビュー] 土岐麻子の光と影ー後編

土岐麻子の光と影ー後編

土岐麻子(プロフィール)

土岐麻子

プロフィール 土岐麻子
Cymbalsのリードシンガーとしてデビュー。

2004年の解散後、実父土岐英史氏を共同プロデュースに迎えたジャズ・カヴァー・アルバム『STANDARDS~土岐麻子ジャズを歌う~』をリリースし、ソロ活動をスタート。

上記『STANDARDS』シリーズ全3タイトル、オリジナル・アルバム『Debut』、ポップス・カヴァー・アルバム『WEEKEND SHUFFLE』をリリース後、2007年11月rhythm zone移籍第1弾アルバム『TALKIN'』でメジャーデビュー。

2008年6月には、真心ブラザーズや松田聖子、マドンナなどの名曲をカヴァーした企画ミニ・アルバム『Summerin'』をリリース。同年10月、本人出演/歌唱が話題となったユニクロTV-CMソング「How Beautiful」がシングル・ヒット。この楽曲およびNISSAN“新型TEANA”TV-CMソング「Waltz for Debby」などを収録した2009年1月リリースのアルバム『TOUCH』がスマッシュヒットを記録。

2011年1 月、“あなたって不思議だわ あなたっていくつなの?”というサビのフレーズが印象的な資生堂“エリクシール シュペリエル”CMソング、「Gift ~あなたはマドンナ~」をリリース。さらに同年2月、同曲を収録した“CM&カヴァー・ソング”ベスト・アルバム『TOKI ASAKO“LIGHT!”~ CM & COVER SONGS ~』をリリースし、いずれもオリコンの自己最高位を記録。

2011年11月にはコンセプチュアルなミニ・アルバム『sings the stories of the 6 girls』で新境地を開き、 同年12月には新曲2曲を含む初のオールタイム・ベスト・アルバム『BEST! 2004-2011』をリリースした。
自身のリーダー作品のみならず、数多くのアーティストの作品へのゲスト参加、また50社以上にわたるCM音楽の歌唱やナレーション、TV、ラジオ番組(JFN 系20局ネット放送中「TOKI CHIC RADIO」) のナビゲーターも務めるなど、“声のスペシャリスト”。
土岐麻子 ウェブサイト

前編では、ベストアルバム『BEST! 2004-2011』に点在するトピックを拾い集め、シンガー土岐麻子の表現における本質的な部分に迫った。

土岐麻子がシンガーだけでなく、CMナレーターやTV・ラジオのナビゲーターの顔を持っていることはファンには説明不要かと思う。とりわけCMナレーションやCMソングに関しては、ライトユーザーの皆さんもご存知なのではないだろうか。気付けば、あのCMやこのCMも土岐麻子。彼女の歌と声は、知らぬうちにお茶の間に溶け込んでいるのだ。歌声だけでなく、声そのものが商売道具になった活動は、彼女にどんな変化をもたらしたのか。後編はまず「声のスペシャリスト」の一面にフォーカスしている。

また、東京で生まれ育ってきた彼女はどんなものに触れて過ごしてきたのか、その音楽的な原体験の一部を紹介してくれた。エピソードは彼女が歌に目覚めたきっかけから、自身がリードシンガーを務めたCymbalsの活動、さらにはジャズサックス奏者の父・土岐英史氏とのコミュニケーションにまで及ぶ。現在の土岐麻子に結び付く背景や要素を紐解いていこう。

Text by Shota Kato Photo by Daisuke Taguchi Hair & Make by Megumi Watanabe

一番伝えたいフレーズをどう喋ったらはっとさせられるのか。

ここからは番外編ということで、歌以外でのお仕事や土岐さんのルーツについて聞かせて下さい。まずはCMナレーションについてお願いしたいんですが、最初のお仕事って何だったんでしょう?

土岐

最初はダスキンのCMですね。たしかソロデビュー前だったかな。マットとかお掃除用具のCMだったんですけど、さだまさしさんと一緒に”せーの”でナレーションを録音したんですよ。それが最初だったから、いきなり緊張しましたけどね。

初っ端からハードル高いですね。土岐さんは様々なCMナレーションを担当していますけど、ナレーションにおけるご自身のスタイルってありますか?

土岐

それがナレーションに関しては、今でも自分のスタイルって分からないんですよ。CMごとに求められるものが違うので「前回評判の良かった感じで今回もいこうかな」って思うと、違うディレクションが入ったりして。歌は音に対して一番良い回答を求めるものですけど、CMは商品が主役じゃないですか。商品の良さを伝えるために、映像の中でナレーションがどうハマれば良いかが重要なんですよね。

なるほど。上手くフィットさせるために、常にどんなことを意識していますか?

土岐

これまでやらせていただいたナレーションは、子どもっぽい喋りもあれば、アナウンサーのようにハキハキしたもの、音楽と相まったアーティスティックなものもあって様々なんですけど、常に意識しているのは、自分がお茶の間にいて、たまたまCMを見ているっていう設定ですね。ナレーションのお仕事って、ヘッドホンをして映像を見ながら声を吹き込むんですけど、なんというか、歌っている時よりも冷静なんですよ。

歌よりも客観的ってことですか?

土岐

そうですね。映像を作る方も音楽を作る方も、はっとさせようという気持ちがそれぞれのCM作品に出ていて、私はそれに合わせる形で客観的に喋りながら聴いているというか、そこに視聴者の感覚がありますね。ナレーションの色々な言葉の中に重要な言葉ってあるじゃないですか。

商品名とかキャッチコピーとか。

土岐

そうそう。一番伝えたいフレーズをどう喋ったらはっとさせられるのか。CMって流しちゃうこともあるだろうし、「あれ?」っていうふうに引っ掛かってもらう形が一番幸せだと思うんですよね。

たしかに。歌と比べると、CMは15秒や30秒で圧倒的に短いですもんね。ちなみに、特に印象に残っているCMはありますか?

土岐

キューピーマヨネーズのCMで「水菜サラダ篇」という作品があったんですけど、まだ当時は水菜が今ほどサラダに使われていなかった時期だったんですね。

どんな内容なんですか?

土岐

「水菜は鍋ものだけの野菜だと思っていませんか?」みたいなことを語りかけて、その次に水菜がマヨネーズと一緒に和えられて、エビが乗っかって、水菜サラダになっていくっていう。私も喋っていてビックリしたというか、「あ、水菜ってこういうふうに食べて良いんだ。美味しそうだな」って思ったんですよ(笑)。キューピーのCMって全体的にオシャレなイメージがありますよね。そのCMもひたすら水菜の寄りだったり、エビがスーパースローな感じで落ちてきたり、シンプルなんだけどインパクトがあって、二つぐらいのセンテンスを敢えてウィスパーっぽい感じで喋ったのは印象的でしたね。CMの反響もかなりあって、水菜が3000倍売れたらしいんですよ。

すごい!昨今の水菜ブームに関わっていたんですね(笑)。

土岐

キューピーも水菜協会から表彰されたそうで、そういう意味でも印象に残っている仕事ですね。

ナレーションのお仕事が、本業にフィードバックすることや影響はありますか?

土岐

やっぱり客観性ですね。以前は歌に熱中し過ぎて、視野が狭くなることもあったんです。何回も歌っていると、聴こえてくる音が少なくなったりすることがあったんですけど、それがもうちょっと全体で聴けるようになったり、レコーディングで歌を重ねている時に「どういうふうに届くかな」とか考えたり、ものづくりの現場にフィードバックされているなと思いますね。

CONTRAST [インタビュー] 土岐麻子 | 土岐麻子の光と影 ー後編ー

シンデレラがお城に憧れる気分。

東京に生まれて東京で育ったっていう背景も、土岐さんの表現に影響していると思うんですよ。

土岐

でも、東京に住んでいながら東京に憧れるっていう感覚はありましたよ。

キラキラした風景を子供の頃から見てきたというのは、東京で暮らしてきた人だからこそできる体験じゃないですか。

土岐

あー、なるほど。当時住んでいた家から窓を開けると、代々木公園がバーッと広がっていたんですけど、遠くに代々木公園の緑が見えて、その隣にNHKの大きなタンクみたいなビルがあったんですよ。夕方になるとキラキラ光ってきれいで、「なんだかお城みたいだな」って思ってたんですよ(笑)。『シンデレラ』の絵本に、シンデレラがお掃除をしながら窓を開けて「今頃あそこでは舞踏会が…」ってお城に憧れるシーンがあるじゃないですか。新宿のビル群とかを見ながら、まさに私はそんな気分で「あの中で何が行なわれているんだろう」って思っていましたね(笑)。

それって田舎育ちの人には体験できないエピソードですよね。山梨で生まれ育った僕はまさにそうなんですけど。

土岐

山梨の夜景もキラキラしてきれいじゃないですか。

でも、自然に憧れるっていう気持ちはなかったですよ。

土岐

そっか(笑)。子どもだから夜はそんなに出歩かないけれども、車から見える町の風景も印象に残ってますね。父親のライブを観た帰りに六本木を通り抜けた時の景色とか、そういうものがエネルギーに満ち溢れていて、幼いながらに「かっこ良いなぁ」って思ったんですよね。今よりももっと清潔感があったと思いますし。

CONTRAST [インタビュー] 土岐麻子 | 土岐麻子の光と影 ー後編ー

父親から聴かされる音楽に、改めてショックを受けることがなかった。

お父さん(土岐英史)がサックス奏者ということで、やっぱり土岐さんにとって音楽は身近な存在でしたか?

土岐

相当身近だったと思いますね。

常に音楽が流れているような家を想像しているんですけど、自分から音楽を聴くようになったのはいつぐらいからですか?

土岐

そうですね、小学校の頃のアイドルブームかな。斉藤由貴さんがすごく好きで、CDを借りてきてはテープに落としてっていうことをやってましたね。父親から教えてもらったジャズだったり、ソウルミュージックだったりが、当たり前のように家で流れているような音楽だったので、自分から聴かなかったし、改めてショックを受けることがなかったんですよね。

逆に斉藤由貴さんの歌が新鮮に聴こえたわけですね。

土岐

斉藤由貴さんの曲はすごく良い曲が多くて、子ども心ながらに「こういうポップスって良いな」って思えたんですよね。決して、歌がいわゆるタフな感じじゃないじゃないですか。

どこか儚い印象がありましたね。

土岐

そうそう。それでいてしっかりしたサウンドで、オシャレな感じがしたんですよね。その後にバンドブームがあって、音楽というよりもバンドを組むことに対して憧れるようになるんですよ。

土岐さんのルーツ的なインタビューの中に、すかんちの名前が出てきますけど、やっぱり初めてバンドを認識したのもすかんちだったんですか?

土岐

すかんちではないですね。ざっくり言って、ホコ天、そしてイカ天っていう感じですかね。あとはミュートマジャパン(笑)。

土岐さんもtvk(テレビ神奈川)の恩恵を受けていたんですね。

土岐

日本人のバンドのPVを見られるテレビなんてあまりなかったですからね。とにかくバンドに憧れて、男性のバンドだけじゃなく女性のバンドも聴いてましたね。

パッと浮かんだのはパーソンズとか?

土岐

パーソンズ大好きでしたね。この間もYouTubeで見て胸キュンでした。ギターのフレーズがカッコ良いんですよね。

楽器を始めたのはいつぐらいからですか?

土岐

中2でギターを手に入れて、中3でバンドを組みました。すかんちとかレベッカのコピーバンドでしたね。

YouTube Preview Image