CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] 毎日のように再生ボタンを押せる音楽

毎日のように再生ボタンを押せる音楽

dry river string(プロフィール)

dry river string

プロフィール dry river string
ミュージシャン。dry river stringのフロントマン。dry river stringは、干川(ヴォーカル・ギター)、金谷亘(ギター・パーカッション)、松木萌(キーボー ド)から成る、京都在住のアコースティック・トリオ。元upandcomingの干川を 中心に結成。2009年に、contraredeよりデビューE.P『Buried E.P』を発表。 2010年にリリースされた1stフルアルバム『Quiet』は、toeの美濃隆章がレコーディングエンジニアを務め、ゲストミュージシャンに柏倉隆史(toe)、イガキア キコ(たゆたう)、類家心平を迎え、小淵沢でレコーディングを行った。唄心に溢 れたアコースティッックサウンドで注目を集めている。個々の活動では、干川はtoeのアルバム『For Long Tomorrow』収録の『Say It Ain’t So』にゲスト参加。 金谷はLainy J Grooveのメンバーとしても活動中。
http://www.contrarede.com/artist/drs.html
http://www.myspace.com/dryriverstring

1stフルアルバム『Quiet』が各方面で大絶賛されているdry river string。はじめてその丁寧に紡がれた唄心に溢れる音楽に触れたリスナーは、それを癒しと感じるかもしれない。たしかにdry river stringの音楽は穏やかで温かい。しかし、それだけではない。干川弦は、upandcoming、WORKING CLASS HEROといったバンドを経てきた。ポストロックやエモなどの音楽を辿る彼の歴史を知る人ならば、社会を斜めから見つめる反骨的な姿勢が継承されていることに気付くだろう。では、なぜdry river stringのアコースティックで有機的な音楽に至ったのか。干川の生い立ちや『Quiet』のレコーディングが行われた小淵沢でのエピソードを交えて、干川とキーボードの松木萌に話を訊いた。彼らの活動拠点・京都にて。
取材協力@サラサ麩屋町PAUSA http://sarasap.exblog.jp/

Text by Shota Kato

dry river stringは自分の名前を文字ったっていう(笑)。

改めて自己紹介からお願いできますか?

干川

干川弦といいます。1978年11月18日生まれの京都在住です。実家が京都の郊外でパン屋をやってます。(笑)

冒頭ですが、ご結婚おめでとうございます。コントラリードのスーパー忘年会のステージでも言ってましたが、今度お子さんが生まれるんですよね?

干川

(笑)。ありがとうございます。

干川さんのお名前は「弦」と書いて「ゆづる」と読ませるんですよね。

干川

妹が二人いるんですけど、二人とも音楽に関連した名前なんですよ。そもそも親父が音楽を好きで。ビートルズとかサイモン&ガーファンクルとかクラシックとか。そういう音楽がずーっと家の中で鳴っていて。でっかいパネルもいっぱい貼ってありましたね。

生まれた頃から音楽が近い環境だったんですね。

干川

そうですね。自分のルーツはそこにあると思いますね。

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dry river stringというネーミングですけど、この由来は本当に…?

干川

…そうなんですよね。自分の名前を文字ったっていう(笑)。もともとupandcomingのときもWORKING CLASS HEROのときも、デモ音源をテープとかCD-Rに録音して100円とかで売るっていう、駆け出しのことをあまりやったことがなくて。トントン拍子でCDをリリースする話が来ていたんですよ。ドライリバーは、宅録で録った音をMyspaceでアップするっていうのがすごく新鮮で。とりあえず名前を考えないといけないっていうことで、適当に付けたんです(笑)。CDをリリースするとか今後の活動とかを全く考えていなくて。

それが功を奏してというか。upandcoming同様に、とても字面が良い名前ですよね。もともとソロでやる意向だったんですか?

干川

upandcomingが解散する時期に、金谷(金谷亘、ギター・パーカッション)を誘ったのが始まりで。共通の友達がいて知り合ったんですけど、しょっちゅう遊ぶわけでもなく、電話番号も知らなかったんですよ。だけど、自分でドライリバーやろうって決めた時に「あ、亘がいいな」って思ったんです。サイモン&ガーファンクルみたいなっていうイメージを伝えたら、本人も好きだったんで「おぉ!」ってなって。でも、年に会っても1,2回くらいの仲だったから、はじめて集まったときは、あまり二人でしゃべったこともなくて、ぎこちなかったっていう(笑)

ずっと聴いてきた自分のルーツを、今の自分なりに表現している。

なぜアコースティック調の音楽にこだわったんですか?

干川

なんかね、サイモン&ガーファンクルとかビートルズとかを聴いているとしっくりくるんですよ。自分では全く意識していなかったんですけど、懐かしさみたいなものが根底にあって。独りで作曲しているときは、自分の中にエゴがないというか。自然に出てくる音楽が、アコースティックで少しレイドバックした感じの音楽だっていうことに気付いて。

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なるほど。干川さんに流れている血筋もそうですし、お父さんの影響によるものも大きいんですね。

干川

絶対にそれしかないと思うんですよ。当時は子どもだったし、英語だったから全く分からなかったけど、今はノスタルジックに聴こえて。たとえば、サイモン&ガーファンクルが好きで、同じように二人で弾き語ってハモっても、本家の方が絶対に良いんですよね。自分からすると全然面白くないんですよ。むっちゃ演奏が上手かったとしても。

たしかに、ドライリバーの音楽はサイモン&ガーファンクルがモデルの一つだと思います。でも、独自の解釈でその要素を取り込んで、吐き出した音楽だというのが、とても分かりやすいです。

干川

一回取り込んで、現代の自分らがやっているっていうのを形として表した方が、音楽というか芸術として広がっていくと思うんですよ。その時代のその人たちがやっている音楽というのが、前作の『Buried E.P』の頃から意図としてあって。もともと親が流していた音楽から始まって、ハードコアも好きで、エモとかdischord周辺とか、upandcomingの頃はジャズも好きだったし。ずっと聴いてきた自分のルーツがあって、全部を今の自分なりに表現しているんですよね。やっぱり、プラスアルファで現代性というか、今を生きているというのを出していかないと、ただのモノマネで終わってしまうっていう。そういった意味では、アコースティックでこんな感じにやっているバンドってあまりいないんじゃないかなって思うんですけどね。

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