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CONTRAST [インタビュー] 世代をつなぐ新しいフォークロア

世代をつなぐ新しいフォークロア

蔡忠浩(プロフィール)

蔡忠浩

プロフィール 蔡忠浩
bonobosのヴォーカル&ギター&リーダー担当。

bonobos
メンバーは蔡忠浩(Vo, G)、森本夏子(B)、辻凡人(Dr)。レゲェ / ダブ、エレクトロニカ、サンバにカリプソと様々なリズムを呑み込みながらフォークへと向かう、天下無双のハイブリッド未来音楽集団!
bonobosウェブサイト

「継続する」という行為に山谷は付きものだ。2011年に結成10周年を迎えたbonobosにも、幾つかの紆余曲折があった。

振り返ってみると、2008年の途中、bonobosは活動のフィールドをメジャーからインディーズへ移し、ORANGE LINE TRAXXXという彼らの自主レーベルを創設。新天地でも変わらず、順調にリリースやライブを重ねてきた。2010年にはバンド単位での活動ペースをセーブ。各々がソロ活動に勤しみ、節目の10年目に向けてのさらなるビルドアップを期待させた。ところが年内を以て、パーカッションの松井泉が脱退。bonobosはバンド初期の5人から3人編成に形を変えて、節目の年に突入した。これからのbonobosはどうなっていくのか?バンドの今後を案ずるファンもいたと思う。

そんな一抹の不安はどこ吹く風。要らぬ心配をかき消すほどに、彼らにとって5枚目のフルアルバム『Ultra』は多幸感とポジティブなオーラに包まれている。管弦楽を採り入れたシンフォニックなアレンジは、bonobos史上最も壮大な音世界。いわゆるチェンバーポップと称される、クラシック的要素を盛り込んだ音楽だが、レゲエやダブだったり、これまでのbonobosとの地続き感もしっかりと残っている。より音楽的に進化した今作は、これまでの10年の集大成であり、かつ新たな一歩を示す重要な作品だ。

『Ultra』の制作にあたって、bonobosフロントマンの蔡忠浩は音楽との向き合い方に変化をもたらされた。その変化はサウンド面だけでなく、蔡が歌う歌詞の中にも表れているという。音楽家として直面した転機とは何なのか。ソロを経て『Ultra』に至るまでの時間を中心に語ってもらった。

Text by Shota Kato Photo by Masatsugu Ide

これは良いぞ。俺はこれかもしれない。

まずは結成10周年おめでとうございます。

ありがとうございます。

『Ultra』はbonobosとして2年8ヶ月ぶりのアルバムになりますね。

2011年は10周年ということで野音のライブもありましたし、このタイミングで必ずアルバムを作ろうという話は皆でしていたんですよ。2010年に自分のソロを作り終わって、ソロのワンマンライブをやった辺りから今回のアルバムの曲は作り始めていて。

改めて、ご自身のソロを振り返ってみるといかがですか?

ソロの間はbonobosのライブを半年お休みしましたけど、あくまでbonobosがスタート地点にあるということを自覚して、それぞれソロ活動をやるということで自由にしてたんですね。僕のソロは色々な作業がすごく上手くいったというか、今回のアルバムに繋がる手掛かりというか「これは良いぞ。俺はこれかもしれない」という新たな鉱脈が生まれまして。是非bonobosでもそれを還元して、さらにスケールの大きなものをやりたいなと思ってたんですね。
CONTRAST [インタビュー] bonobos | 世代をつなぐ新しいフォークロア—

『Ultra』は蔡さんのソロ活動の流れに上手く乗っている作品だなと感じています。

そうですね。すごく充実したセッションをソロの時に出来たので、この流れをどんどん進めたいなというのがありまして。特にソロはドラムがスペアザの良太くん(SPECIAL OTHERS、宮原良太)に半分以上の曲を叩いてもらったんですけど、基本的にベースやムーグは僕が弾いて、bonobosでやってるダブやレゲエだったり、しっかりボトムのクサビが入ったものというよりは少しロック的というか。ヘタウマなUKっぽい感じだったので、次のbonobosの作品はもっとスケールの大きい管弦のアレンジの下で音が鳴るとすごく良いだろうなと思ってたんですね。いわゆるチェンバーポップという言葉が最近あるじゃないですか。

今回の取材にあたって知ったんですけど、現代音楽にクラシックの要素を盛り込んだ表現のことですよね?

そうです、そうです。

蔡さんはチェンバーポップという言葉をいつ認識したんですか?

野音の後に木暮晋也さん(HICKSVILLE)と話して、まず木暮さんが言ったんですよ。「チェンバーポップってのがあって、今のbonobosはまさにそれだよ」って。それからチェンバーポップを調べてみようと思ったんですけど、なぜか「チェンバーロック」で検索していて、それこそ70年代のだいぶ”いなたい”のが出てきたんですよ。すごい下手なプログレバンドの演奏に無理矢理バロックが乗っかっていて、とてつもなく暗かったりして(笑)。YouTubeで見た時に「これ?」って思って「なんか違うな…」と調べ直してみたら、アイスランドとかアメリカにマリンバとかチューバとかホルンのメンバーがいるバンドを見つけて、「あぁ、なるほどな」と思ったんですけど、よく曲を聴いてみると、ソフトロックやフォークトロニカだったり、色んな方向の音楽が集まってる感じがしたんですよ。

例えば、どんなミュージシャンの音楽が参考になりましたか?

これはソロのインタビューでも色々と話をしたんですけど、アメリカにニコ・ミューリーという若手のミュージシャンがいるじゃないですか。彼が参加してるアントニー&ザ・ジョンソンズもそうですけど、サム・アミドンというシンガーソングライターの作品もすごく良いんですよ。基本シンプルなんですけど、ギターとアコギにホルンやバイオリンとか管弦のアプローチがものすごく良くて。いわゆるJ-POPとかには、ギラッとした管弦の音を入れるのはあるじゃないですか。

キャッチーなストリングスですね。

そうじゃなく、歌や演奏と有機的に絡まって、流れる川のように物語が進んで行くアレンジがしっかりされていて、すごく新鮮だったんですね。僕もちょうどソロのアレンジでそういうことを考えていたので、大いにニコ・ミューリーの影響を受けまして。ヨンシーSigur Ros)のソロ作品のプロデュースも彼が手掛けているんですよ。

それは知りませんでした。若くしてすごい才能ですね…。

個人的にビーチボーイズとかもそうですけど、昔のソフトロックは腰にリズムが来ないなと思っていて。90年代にハイ・ラマズがわりと好きで聴いてたんですけど、ハイ・ラマズもグルーヴが弱いなって思うんですね。でも、自分がチェンバーポップをやるとすれば、bonobosには強力なリズム隊がいるから、グルーヴを下にドンと据えて、その上に分厚いものを乗せられると思ったんです。もしかしたら、チェンバーポップの成り立ちとは違うかもしれないですけどね。

CONTRAST [インタビュー] bonobos | 世代をつなぐ新しいフォークロア—

管弦以外にもピアノやスティールパンだったり、グロッケンシュピールも入ってますよね。bonobos独自のチェンバーポップのアクセントになっているなと。

僕は曲やアレンジを作ったりする時に、ギターのフレーズを考える引き出しが少ないんですよね。ドラムやベースは打ち込みやすいんですけど、ギターのニュアンスって打ち込みではすごく出しにくいんです。ギターとの距離があるので、あとは自分で弾いて録音するしかなくて。でも、ピアノや管弦のアレンジは、僕が実際の楽器を弾くことは出来ないんですけど、楽器の役割だったり、音色で起こることだったりが初めからクリアに見えていたというか。高2ぐらいまではピアノを嫌々ながらも習ってたんです。ちなみに、なっちゃん(森本夏子)が意外とグロッケンが上手いんですよ。小学校で初めて弾いた楽器が木琴か鉄琴だったらしく、普通に弾けていて。辻くん(辻凡人)もピアノを弾けるんです。それこそ、いきなり”天体のワルツ”を弾き出したりして(笑)。

皆さん多彩ですね(笑)。蔡さんにとって、クラシックはわりと身近なところにあったわけですか。

そうですね。音楽のリスニングの入り口がクラシックでしたから、交響曲もわりと好きで、ピアノの先生にたくさんダビングしてもらって聴いてましたね。曲作りは対コンピューターと向き合っているんですけど、今回は当時のことをすごく思い出したりして、ギターよりも音楽との距離が近くなった感じがありましたね。楽器との距離が近いってことは、つまり頭の中で鳴っているものをより実現しやすいんですよ。それで今回のアルバムは、取っ掛かりとして管弦をたくさん使ったシンフォニックなものにしたいなというイメージが朧げにあったんですね。

3月11日以前は、日常の美しさを描くというのはごまかしなんじゃないか。

『Ultra』から圧倒的な音楽と言葉の力を感じました。鳴っている音と歌詞の受け方がこれまでと違うというか。

やっぱり3月に震災があったでしょう。それに原発の事故も平行して起こって、色んなものが転覆したり、薄々気付いていたけれども見ない振りをしてきたことだったり、自分が甘く見積もっていたことだったり、自分の日常生活の後ろに隠れていたものが一気に全部露になって。一言で言うと、価値観が完全に変わってしまったというか。今まで自分が曲を書いている時も、特に詩を書く時とかは自分も含めて世の中にあるものの中で、尊さだったり愛おしさだったり、どれも危ういバランスの上に立ってるからこそ、そういうものに対して目を向けようと思っていたんですけど、ずっと釈然としない気持ちがあったんですね。

どういうことですか?

問題を矮小化しているようにも見方によってはとれるというか、3月11日以前は日常に逃げ込んでいるという側面もないとは言い切れない、日常の美しさを描くというのはごまかしなんじゃないかって。なんとなく昔から「もしかしたら考えたほうが良いかもな」という気持ちはあって、地震以降はやっぱりそうだったというか、だからと言って、アルバムのイメージを大きく変えるということは全然なかったんですけど、そこで曲作りがしばらくストップしてしまって。
CONTRAST [インタビュー] bonobos | 世代をつなぐ新しいフォークロア—

震災当日、蔡さんはどのように過ごしていたんですか?

ちょうど車で信号待ちをしてたら「すごく揺れているな」と感じて。周りはざわざわしているし、表に出たら実際にすごく揺れていて、その時は東京が震源で揺れてると思ったんですよ。家に帰ってテレビを付けてみたら、大変なことになってることを知って、しばらくの間はテレビの映像に釘付けになって、そうこうしているうちに原子力発電所の事故が起きた。お店から食べ物やガソリンがなくなりましたよね。僕の車のガソリンも空に近かったけど「まだあるな」とその時点で高を括っていたというか、それまでと同じ日常があると思ってたんです。食べ物がなくなる”かも”、ガソリンがなくなる”かも”とか、原子力発電所の爆発があった”らしい”とか、ものすごく嫌な空気が流れていて。

その考え方を改めさせられるには、十分すぎる機会になりましたよね。

僕ね、高校卒業して大学に入る前に1年浪人していて、その時に阪神大震災があったんですけど、今回の地震はその時よりも暗たんたる気持ちでしたね。「もう駄目かもしれない」というか、もちろん今でもその気持ちはあるんですけど、実感として「この先ずっと生きられるのかな」っていう心配もありましたし。ちょっと話は飛びますけど、あの911の時は20代半ばでまだbonobosをやってなくて、とんでもないことが起きているとは思いましたけど、テロの背景を知っていたので、ある程度は「起こり得ることだった」という認識があったんです。でも、今回の地震は許容範囲を超えていて理解出来なかったですね。
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