CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] 音楽と向き合う機会を

音楽と向き合う機会を

KAIKOO(プロフィール)

KAIKOO

プロフィール KAIKOO
2005年に坂井田裕紀(POPGROUP代表)がDJ BAKUと共に制作した音楽ドキュメンタリーFILM『KAIKOO/邂逅』が若者の中で大きなムーブメントとなり話題となる。それと時を同じくして『KAIKOO/邂逅』の監督でもある坂井田裕紀がPOPGROUP Recordingsを設立。主催イベント『KAIKOO』では、2005年のVOL.1からその規模を着実に拡大させ2009年末にはVOL.14を迎えた。さらに2010年には初の野外FESを開催し1万人以上の集客を記録、大成功を収めた。「エンターテイメントし過ぎるか」「自分の殻に閉じこもってしまうか」この2つの選択肢しかない日本音楽業界の状況に対してメジャーとインディーの間の音楽中心のマーケット確立を目指す。「日本の音楽シーンにメジャーとアンダーグラウンドの間の音楽的に健全な市場作り」「海外/日本の壁なしに音楽活動できる環境作り」この2つをカタチにする為にKAIKOOを続けている。2011年11月19日、KAIKOO POPWAVE FESTIVAL ‘11を渋谷の複数ライブハウスにて同時開催。
KAIKOOウェブサイト

「邂逅」(思いがけなく出会うこと、めぐりあい)に由来する音楽イベントKAIKOO。2005年の第1回に始まり、晴海で行われたKAIKOO POPWAVE FESTIVAL ‘10では1万人以上の集客を記録、見事なまでに大成功を収めた。メジャー、インディーズの垣根を取っ払い、確固たる意志のもとに活動するアーティストをブッキングし、良質な音楽との出会いを参加者にもたらす。KAIKOOは音楽の力を信じてやまない。

2011年11月19日、KAIKOO POPWAVE FESTIVAL ‘11として今年もフェスティバルは開催される。新たな試みとして、会場は渋谷に構える複数のライブハウス。昨年の屋外に対して今年は屋内で開催されるが、10会場12ステージ、出演アーティストも80組以上とKAIKOO史上最大の規模となる。

今回のインタビューはKAIKOOを主催するPOPGROUPより代表の坂井田裕紀が登場。坂井田の音楽体験を交えつつ、KAIKOOの起源と変遷、そしてKAIKOOの目指す未来について語ってもらった。

Text by Shota Kato Photo by WYPAX

海外で初めて知った日本の音楽

KAIKOOを始めたのは、DJ BAKUさんとの出会いがきっかけだと聞きました。

裕紀

2003年ぐらいに、フランスで日本人のアーティストだけを集めたイベントがあったんですけど、BAKU、田中フミヤさん、GOTH-TRADNUMBさんとかが出ていて、そこでBAKUとは知り合ったんですよ。

当時、坂井田さんは海外に住んでたんですか?

裕紀

そうですね。ロンドンでBOOM BOOM SATELITESの海外マネージメントをやってたんですよ。20代はずっとあの人たちと一緒にいて。僕は名古屋出身なんですけど、あまり日本人のアーティストを知らなくて、それこそ「日本人カッコ良くないでしょう?」って思ってたタイプで(笑)。それをあのイベントで見事にひっくり返されたというか。ブンブン、DJ KRUSHKEN ISHII石野卓球さんみたいな人たちは、数少ない突然変異的なアーティストだと思ってたから、別に日本人がどうこうっていう事は何も思ってなかったんですよね。あのイベントでライブに出ていたアーティストは、KRUSHさんに影響を受けた世代だと思うんですけど、僕にとってあまりにも衝撃的な体験でしたね。音がね、東京のイメージだったんですよ。

ある意味、海外で初めて日本の音楽が響いたというか。

裕紀

僕は東京にも一回ぐらいしか来た事がなかったんですよ。海外だったから、余計に東京っぽいなと感じたんだと思いますね。海外に行った事で何が一番分かったかっていうと、やっぱり日本の事なんですよ。そういう意味でも、あのイベントで知った日本の音楽には、良い意味でショックを受けましたね。日本人としてアイデンティティのある音楽ってこういうものなんだなと。

CONTRAST [インタビュー] KAIKOO | 音楽と向き合う機会を

海外で日本を知るって貴重な体験ですね。

裕紀

海外に出ると、自分が外国人になるじゃないですか。そういう経験をすると「日本人として」っていう事を逆に意識するようになりましたね。僕の場合は、英語は話せない、友達も全くいないというところから始まりましたから。

そうなんですか!てっきり何かツテがあったと思い込んでました。

裕紀

馬鹿だから初日なんてホテルすら押さえてなくて(笑)。とりあえずイギリスに行こうと。

何歳でイギリスに渡りました?

裕紀

19歳の時ですね。高校卒業してから少し期間を置いて。

そもそも、どうしてイギリスに行こうと?

裕紀

パンクが好きだったからですね。バンドで言うとTHE CLASHが大好きで、DAVID BOWIEとかT-REXとかも。ああいう人たちが好きで、いきなりイギリスに行ったんですよ。単純でしょう(笑)?

ずいぶんと思いきった行動に出たんですね…。

裕紀

ロンドンっていう国があると思ってましたからね(笑)。高校の時はバンドやったりDJやったりで遊びまくってたけど、「これは絶対に長く続かない」っていうのは直感で分かって。「このままじゃ駄目だな」という事で思いきって。

CONTRAST [インタビュー] KAIKOO | 音楽と向き合う機会を

最初の頃って生計立てるのに苦しかったんじゃないですか?

裕紀

ロンドンの日本料理屋に飛び込みで「働きたいんですけど」って言って、それから働かせてもらいましたね(笑)。それから3ヶ月ぐらい経って、CISCOでレコードのバイイングをやってる日本人と知り合って。CISCOって買い付けのオフィスがロンドンとL.A.とジャマイカにあって、ブンブンがロンドンでライブをやる時のコーディネートをロンドンのオフィスがやってたんですよ。それで僕も仲良くなって、手伝うようになったんですよね。

じゃあ、かなり縁に助けられた部分が大きいんですね。

裕紀

自分には何もないんで、人に助けられて、ここまでやってこれてると思いますね。