CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] ギターで紡ぐ等身大の自分

ギターで紡ぐ等身大の自分

Cutsigh(プロフィール)

Cutsigh

プロフィール Cutsigh
AUDIO ACTIVEのギタリスト a.k.a. KASAI。1995年にAUDIO ACTIVEに加入以降、世界30ヵ国以上をライブツアーで廻り、国内外の数々のフェスティバルに参加。2006年にソロ名義Cutsighとしての活動を開始。MIX CD『ReTRACKS chapter one』、Phaseworksコンピレーション『RGB』へ参加し、JemapurとのユニットDELMAKとしてアルバム『DELMAK』も発表。2010年にはライブアルバム『SADistortion』を自主制作。2011年、再結成したDRY & HEAVYの12inch作品にギターで参加。2011年10月8日、ソロ名義として初のオリジナルアルバム『Pipedreams』をカセットテープ(ダウンロードコード付)でリリースする。

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音楽の表現手段は広がり続ける一方で、CD不況と呼ばれる現代の音楽産業。音楽の顕著なデジタル化の影で、レコードやカセットテープのプレスが増えているという動向は、読者の皆さんもご存知のことかと思う。

ただしシェアが増えているとはいえ、マーケットにおける売上は取るに足らないものだろう。それでも、ミュージシャン諸氏(特にインディペンデントで活動している)がアナログ媒体で作品を発表する理由は何なのか。その答えの一つがCutsighのインタビューに込められている。

Cutsighこと河西裕之は、エッジーなサウンドで世界中のオーディエンスを熱狂させてきた、ジャパニーズダブのパイオニアバンドAUDIO ACTIVEのギタリストだ。今回、ソロ活動を開始させて以来、初となるフルアルバム『pipedreams』を10月8日にリリースする。その形態はCDでもなければ配信でもなく、なんとカセットテープ(ダウンロードコード付き)。いちギタリストとして真摯に向き合った音を聴き手に届けるために、カセットテープでリリースすることを選んだ。ギターのみで表現された今作は、AUDIO ACTIVEでのヘビーなギタープレイとは趣が異なり、どこかリラックスした雰囲気の中で、淡々と自身の表現と向き合っている。ありのままの河西裕之が投影された等身大の作品だ。

今回はCutsighに自身の音楽体験を踏まえて、『Pipedreams』を形成する要素について語ってもらった。アートワークのソースになっている読書にまつわるエピソードや、AUDIO ACTIVE以前に活動していたバンドのエピソードも登場するので、是非彼のものづくりの真髄や人柄に触れてもらえればと思う。

Text by Shota Kato Photo by Toshihiko Shirai

1日8時間はギターを弾いてました。学校から帰って寝るまでずっと。

河西さんって今お幾つなんですか?

河西

69年生まれだから…42ですね。40越えると分からなくなってくるんですよ。あまり周りにいないでしょう?

言われてみれば、これまでインタビューさせていただいたのは70年代半ばの方たちが中心ですね。もしくはそれ以降か。

河西

60年代生まれだって言うと、貴重って言われますからね(笑)。

さっそく深い記憶を遡っていただきたいんですけど、河西さんが音楽に興味を持ったきっかけは何だったんですか?

河西

最初は小学校時代に聴いたYMOだったんですよね。『Solid State Survivor』のアナログを買ったのが小学校3年だったかな。

YMOを聴く小学生ってほとんどいませんよね。

河西

何かピンときたんですよね。ウチにあったCASIOのSK-1っていうキーボードでメロディーを単音で追ったりして。それからビートルズなんです。小学校と中学校はYMOとビートルズだけでしたね。

王道ですけど、YMOとビートルズを聴き込む小中学生ですか。

河西

ビートルズのハマり方が尋常じゃなくてですね。当時NHK FMでビートルズを全曲流すっていう番組があったんですけど、全部カセットテープにエアチェックしてたら10数本とかになってしまって、それをずーっと聴いてるわけですよ。LPとかを買い出したのは高校からでしたね。

じゃあ、それまでは細かくエアチェックをしてたんですね。

河西

小学校高学年ってまだアルバムを買うような歳じゃないから。とにかくビートルズが全てでしたね。そのうちギターで弾きたいなって思い始めて、ギターを始めるんですよ。初めてエレキを買ったのが高1だった。

リアルタイムの音楽には興味がなかったんですか?

河西

でも、やっぱりリアルなところではジャパニーズメタルですよ。ラウドネスアースシェイカー44マグナムエックスレイとか。あとは、いわゆるL.A.メタルですね。高校時代はメタルやハードロックが好きで、ゲイリー・ムーアだったり、あとはランディー・ローズでしょう。オジー・オズボーンは大好きで。高校3年間で1日8時間はギターを弾いてましたね、学校から帰ってきて寝るまでずーっと。ギターを抱えたまま眠るから、朝起きると必ず弦の跡が腕に残っていることもあって(笑)。

CONTRAST [インタビュー] Cutsigh | ギターで紡ぐ等身大の自分

そこまでですか(笑)。

河西

面白いことに、高校卒業と同時にメタルやハードロックの熱が一気に冷めるんですよ。

え?何があったんですか?

河西

「テクニックじゃないんだな」っていうのが分かってきたんですよ(笑)。

それは大きな気付きですね(笑)。

河西

大学に入学する前、浪人時代に予備校に通ってたんですけど、勉強しなきゃいけないのにバンド一色で。「おまえなんか大学に受かるわけがない」なんて言われたことで「ふざけんな」と思って、真面目に一ヶ月勉強したら受かっちゃいました(笑)。

一ヶ月(笑)。ちなみにどちらの大学ですか?

河西

日大ですね。文理学部の国文学科でした。でも、俺はギターを弾くために大学に行ったんですよ。これは言い様なんですけど、当時は本当にそう思っていて。東京には自分よりすごい奴がいるんだろうなって思ってたんですよ。で、音楽サークルに入ってみたら意外に大したことなかったっていうか。全然俺のギターの方がすげえじゃんとか思って(笑)。

相当強気な大学生(笑)。

河西

世界民謡研究会っていうサークルなんですけど、中身はパンクで(笑)。そこでパンクの洗礼を受けたわけですよ。

高校時代にパンクは聴いてなかったんですね。

河西

そこまで突っ込まなかったんですよね。サークルに居ると色々とバンドの掛け持ちを頼まれるわけですよ。最低でも5個くらいはやっていて、そうすると色々な曲をやることになって。サークルの後輩にはLITTLE TEMPOのドラムの大石(大石幸司)やWRENCHのドラムのMUROCHINがいて、奴らは俺の一つ下の代なんですよ。

へえー。音楽漬けなキャンパスライフだったんですか?

河西

大学で何やってたかって言えば、ギター弾いて、酒飲んで、麻雀やってぐらいですね、覚えているのは(笑)。

確認ですけど、4年で卒業出来たんですか?

河西

それが奇跡的に(笑)。

(笑)。

河西

卒業してからは大学時代の仲間でバンドをやり出したんですよ。あ、その前に一つ面白いバンドをやってましたね。パカラパカラっていうバンドで、このバンドはLD&Kの社長のトニー(大谷秀政)がボーカルで、ベースがAUDIO ACTIVEでも弾いてたPATAで、ギターが俺だったんです。

CONTRAST [インタビュー] Cutsigh | ギターで紡ぐ等身大の自分

パカラパカラはどんな音楽性のバンドでした?

河西

一番近いところで言うとサイコビリーかな。それをもっとグシャグシャにした感じで。たぶん、俺がもっと大人だったら良いバンドになってたなぁ(笑)。ちょうどバンドブームの頃でイカ天とかが流行った時代でしたね。

メロンマンは面白いバンドで、曲が金八先生で使われることもあった。

大学を卒業した後は新卒で働き始めるんですか?

河西

みんな就職活動してたけど、俺は「馬鹿じゃないの?」と思ってました。いきなり4年生になったらスーツなんか着ちゃって。俺はそういうことを絶対にしたくなかったから。

リクルートスーツを。

河西

そうそう。俺はとにかく本が好きで、ずっと本を読んでるような奴だったんですね。ちょっとツテがあったから、大学を卒業して神保町の巌松堂っていう大きな古本屋で働き出したんですよ。それが3,4年続いたのかな。そこで俺は古本の世界に浸かったんですよね。

国文学科に行くぐらいですもんね。どんな部分が面白かったですか?

河西

もうね、エピソード満載なんですよ。例えば、車で埼玉とか千葉の田舎の方に行って、亡くなった方の蔵書を全部引き取るんですけど、そこにドラマがあるんですよね。市場に出すと中には稀覯本もあったりして、まとめて100万以上になっちゃったり。

すごい!100万ですか…。ちなみに河西さんの好きな作家は?

河西

毎日のように変わるんですけど、変わらず好きなのは澁澤龍彦ですね。大学の卒論で書いたんですよ。卒論だけは完璧に書いてやろうと思って、教授陣をギャフンと言わせましたね。

CONTRAST [インタビュー] Cutsigh | ギターで紡ぐ等身大の自分

そういう大学生、僕の周りにもいました(笑)。

河西

子どもの頃からすごく本が好きだったんだけど、自分ではっきり覚えてるのは、高校時代に新潮文庫の『我が輩は猫である』を読み切った時に、本を読むことにハマりましたね。あれって相当分厚い本なんですよ。全部読んだことあります?

いやー、国語の教科書程度ですね。

河西

ないでしょう?実際に読むと分かるけど、退屈な話なんですよ。あれは名前ばかりが有名になってるけど、全部読み切った人はあまりいないんです。そんなに面白くなかったけど、俺は読み切った時にすごく満足感があったんですよね。あとは、巌松堂時代にちくま文庫からプルーストの『失われた時を求めて』が文庫で敢行されたんですよ。未だかつて俺の周りで読み切った人に会ったことがないんだけど、当時の俺は読み切ったんですよね、通勤時間と休憩時間を使って。

そんなに長編なんですか?

河西

10巻まであるんだけど、1巻で約700ページくらいありましたからね。読み終わったら端から忘れちゃう性格なんだけど、読み切った時の達成感はすごかったな…。だから、本には達成感を求めてるのかもしれない(笑)。落ち着かないんですよね、本がないと。

巌松堂時代は、積極的に音楽活動をしてなかったんですか?

河西

いや、そんなこともなく。働きながら、メロンマンっていうバンドをやってたんですよ。そのメロンマンもまた面白いバンドで、そこからAUDIO ACTIVEにも繋がっていくんですね。

CONTRAST [インタビュー] Cutsigh | ギターで紡ぐ等身大の自分

またすごいメンバーがいそうな雰囲気が…。

河西

メロンマンのメンバーは、ベースがさっきも出たPATAで、ギターが俺でしょう。ヴォーカルのイサオって奴はすごく才能があって、今年のフジロックのMASAmatix(AUDIO ACTIVEヴォーカル)のステージで歌ってたみたいですね。それから後期メロンマンのドラムにはMUROCHINも入っていたし、曲が金八先生の挿入歌にも使われたこともあって。

えー!金八で曲が使われるバンドなんですか!

河西

“ジェットボーイ・ジェットガール”(金八先生第四期の挿入歌)っていう曲が。インディーズなんですけど、そのレーベルの一発目がメロンマンで、次がBACK DROP BOMBで、その次が山嵐だったんですよ。

おぉ、完全にミクスチャーの流れじゃないですか。

河西

そうそう、ミクスチャーの第一期だったのかも。でも、メロンマンだけ売れなかったみたいな(笑)。今もたまに聴きますけど、カッコ良いんですよね。当時にはない音楽だったから。

その後、メロンマンからAUDIO ACTIVEの加入にはどう繋がっていくんですか?

河西

メロンマンの後期に、鍵盤で七尾くん(七尾茂大、DRY & HEAVYドラム)が入ってきたんですよ。渋谷のエッグマンの上にインクスティックっていうライブハウスがあったんですけど、そこで1回だけ七尾くんがキーボードのライブをやってますね。YOU THE ROCK★が飛び入りで歌ったり(笑)、ドラムはリトテンの大石だったから、なんだか面白い時代でしたよね。

入り乱れ具合がすごいですね(笑)。七尾さんは当時からAUDIO ACTIVEもやってますよね。

河西

うん、七尾くんがAUDIO ACTIVEをやってるっていうことを知って、今度CDを出すっていうことで、新宿リキッドルームにライブを観に行ったわけですよ。そのライブはPATAがベースで参加した一発目のライブだったんだけど、お客さんがガラガラでしたね。でも、俺は一番前で観ていて「日本にこんなカッコ良いバンドがいるんだ」と思ったんですよ。ただ「ここにギターで俺が入ればもっとカッコ良いな」とも思って。

さっきもこんな話ありましたね(笑)。

河西

(笑)。気付いた頃には「ヨーロッパツアーがあるからギターで参加しないか?」っていう話をもらって、それがきっかけで巌松堂を辞めたんですよ。AUDIO ACTIVEが『Happy Happer』というアルバムを出した後でしたね。俺は95年のヨーロッパツアーから参加したんですよ。

いきなりヨーロッパツアーですか!でも、古本の世界を離れることをかなり悩んだんじゃないですか?

河西

うん。結論を出すのに時間は掛からなかったけど、すごく悩みましたよね。