CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] 音楽で広がった世界

音楽で広がった世界

Jemapur(プロフィール)

Jemapur

プロフィール Jemapur
波形中毒者。1986年生まれ。静岡県在住。クラシック音楽に熱心な家庭で育つ。自身もピアノに打ち込む傍ら、幼少からKing CrimsonやAphex Twinなどに影響を受け、中学時には電子音楽の制作を始める。2005年、1stアルバム『Dok Springs』(Hydeout Productions)、2008年には2ndアルバム『EVACUATION』を発表。2009年には、自身も運営に携わる電子音楽のオンラインセレクトショップSALUUT Online Music Shopをスタート。音楽的、精神的支柱であり、尊敬するバッハが、現代世界において電子音楽を創作したらという究極のライフタイム・テーマを掲げながら活動。2011年9月12日、最新作『Microsleep』を自主レーベルLakhoよりリリースした。

Jemapurホームページ
SALUUT Online Music Store

テクノロジーの進化によって、誰もが容易に音楽を作れるようになった昨今。電子音楽に限った話ではないが、音楽性の差別化が困難になりつつある中、Jemapurは世間を横目に自身の音楽とその供給方法において、3枚目のアルバム『Microsleep』で新たな指針を示している。

インタビューでも『Microsleep』について答えてくれているが、今作は「瞬間的な睡眠」をテーマに制作されたコンセプチュアルな作品。時間の経過を忘れさせるダウナーなループミュージックは、フィジカルなダンスミュージックではなく、脳内を直接刺激させる電子音楽だ。

これまでjemapurは故Nujabesが主宰するHydeout Productions、W+K Tokyo Labといったレーベルから作品を発表してきた。ところが、今作は彼が主宰する自主レーベルLakhoからリリース。販売経路も自身が運営に携わる電子音楽のオンラインセレクトショップSALUUT Online Music Store、という形で一本化に絞った。他からの干渉や保護を一切受けない、きわめてインディペンデントなリリース形態である。

ストイックでありながら、どこか天邪鬼のように映るJemapurの音楽性や活動スタンスには、どんな哲学が反映されているのか。自身のバックグラウンドについて語る。
※インタビューではJemapur氏を「Jema」と表記致します。
取材協力:ザリガニカフェ

Text by Shota Kato Photo by WYPAX

クラシックを聴きつつ、King CrimsonやAphex Twinを聴く小学生。

Jemapurさんは静岡に拠点を置いてるんですよね。東京は久々ですか?

Jema

そんなことはないですよ。1,2ヶ月に1回ぐらいはライブで来ています。拠点っていう感覚も別になくて。自分にとって場所とかはあまり関係がないというか。例えば、音をすごく出せるサウンドシステムで音楽を作れる環境があれば、大きい音で聴いて気持ち良い音楽に変化すると思うんですけど、日本の住環境だと音の出せる量が、かなり窮屈というか、どこに行っても常に音を出し過ぎないように気を付けなきゃいけなくて。海外だと壁が重い素材で作られてたりして、音が外に漏れにくい所もありますし。

じゃあ、制作という意味で日本は馴染まない?

Jema

そうですね。どうしても固まって集落を作るから、近くに人がいるじゃないですか。それで山とかに移動して籠って作りたいなって思って、そういう環境を探してるんですよ。出来れば人がいない場所に行きたい(笑)。

でも、人付き合いが苦手なわけではないんですよね。

Jema

苦手ではないですね。それは大丈夫です(笑)。

Jemapurさんの制作現場は、手の届くところにPCと機材があるミニマルな空間をイメージをしているんですけど、普段はどんな場所で音作りをしてるんですか?

Jema

まさにそんなような空間です。簡易スペースシップというか。小さい頃にずっとピアノを習ってたんですけど、ピアノの弾き過ぎで親が防音室を作ってくれたんですよ。それを良いことにスタジオ化しちゃって、もう音をバンバン出せるようになって。

親御さんも想像しなかったでしょうね(笑)。それって何歳ぐらいのことですか?

Jema

いつ頃だったかな?中学生の頃から徐々にスタジオを構築し始めて。そもそも、防音室を作ったこと自体が近所迷惑対策だったんですよ。ピアノを夜10時過ぎても弾いてることがダメらしく。

それが好都合なことになったと。

Jema

してやったりで(笑)。

(笑)。クラシックに熱心な家庭で育ったんですよね。

Jema

そうですね。両親が合唱をやっていて、バッハとか古典音楽や宗教音楽を好む合唱団に入っていたんですよ。で、小さい頃からクラシックを聴かされて育ちました。音楽と言えば、クラシックが当たり前だったんですよね。

日常の一部だった?

Jema

日常というか、常に音楽が溢れてるっていう感じはないんだけど、両親の趣味としてそこにあったというか。たぶん、触れる機会は他の人よりはあったと思います。特に父親がクラシックのCDを600枚くらい持っていて、それを全部文字データにして自分の持ってるCDリストを作ったり、というちょっと変わった楽しみ方をしていて。そういうのを見てきたから、似たように僕も電子音楽をライブラリ化して、自分で管理するっていうのは大好きで。

血は争えないですね。

Jema

そうですね。MP3とかにもIDタグを書き込むんですけど、カタログナンバーまで入れないと気が済まない(笑)。リリースの流れが把握しやすくなって、アナライズもしやすくなるんですよ。

そういった細かい性格は、ご自身が作る音楽に反映されてるんじゃないかなと思います。

Jema

そうですね。とにかく、すごく音楽が好きなんです。クラシック音楽を勉強して成長してきて、小学校4年ぐらいの時に英会話を習っていたんですが、ある時、先生に「なんか良い音楽ないですか?」って聞いたらKing Crimsonを教えてくれて。

CONTRAST [インタビュー] Jemapur | 音楽で広がった世界

小4でプログレですか(笑)!

Jema

そうなんですよ。クリムゾンから入って、70年代のジャーマンロックを聴いてましたね。で、クラシックもやりつつ、Manuel GöttschingとかSteve Reichの存在は早い段階から知っていて。高学年からはKarlheinz StockhausenとかAphex Twinを聴き始めて、ノイズにも手を出すようになって。クラシックの対極にある世界観にグッときたというか。Aphex Twinは最も影響を受けたミュージシャンの一人ですね。

クラシックと西欧音楽を聴き漁る小学生ってすごいですね…。

Jema

例えば、クリムゾンの音楽には、クラシックとの近似性というか影響も色濃くあると思うんです。西欧音楽の流れの先にある現代音楽に興味があるんですよ。そういったものを好んで聴くようになっていって、気付いたら聴いてるだけじゃ物足りなくなって「作るしかない」って思ったんですよね。

それが何歳の頃ですか?

Jema

中学2年です。

あ、まさに防音室が出来た頃だ。

Jema

中2病ですね(笑)。

最初はノイズを作ってました。

ちなみに、バッハに魅了されたのはどういった部分ですか?

Jema

感覚が好きなんですよ、音との向き合い方や音の響きが。バッハは音を空間的に置いていて、フーガとか色々な技法に則って制約の中で作ってる部分はあるんですけど、それがとてもテクノ的なんです。

バッハがテクノ?!

Jema

バッハはミニマルテクノというか…。バッハの楽譜は無駄な音が一音もないし、足りない音もない。完成されていて、それがやっぱりすごい。宇宙の産物のような…。自分の音楽の旋律には宗教音楽的な側面もあって、それはまさにバッハからの影響です。

もしかすると周りの友達から浮いてたんじゃないかなって思うんですけど、それはJemapurさんも思い当たるところですか?

Jema

それは常でしたね。転勤族だったんです。親の仕事の関係で色々な場所に飛んでいて、小学校低学年くらいまでに引っ越しを10回近く。

かなり転々としたんですね。

Jema

静岡に落ち着くまで、東京、千葉、三重とか。自分の意志とは関係ないことなので仕方ないですよね。転校すると友達がいなくなっちゃう。「友達ってこういうもんなんだな」ってそこで認識して、それよりも自分が音楽と向き合って出てきたものの方が、将来役に立つかなっていうのをなんとなく感じていて。友達に「King Crimson良いんだよー」なんて言っても話は合わないし(苦笑)。変な子どもですね。

CONTRAST [インタビュー] Jemapur | 音楽で広がった世界

じゃあ、世間の流行にも興味がなかったんですね。

Jema

全くなかったですね。小学校の頃に、世の中の出来事とか大人たちのこととかを「狂ってるな」としか思えなくて。「何なんだろう、この世界は?」って思って、違和感しかなかったんですよ。本を読むのが好きだったので、授業中に太宰治とか坂口安吾を読んでました。

そこまでアウトローな小学生だったんですか(笑)。

Jema

最初は芥川龍之介だったんですけど、無頼派の作品などに出会って、世の中の見方というか精神性の影響を受けて。逃避と言えば逃避なんですけど、周りに興味はなかったですね。孤独が好きでした。

そこで没頭した対象が音楽を作ること?

Jema

そうですね。最初はノイズを作ってました。フリーの波形編集ソフトとかを利用して。

入口がノイズって相当飛び越えてますよね。どうしてノイズを作りたい衝動に駆られたんですか?

Jema

この世に存在しない音の流れというか、聴いたことのない音を作り出したかったんですよね。

その原動力になってるのは何なんですか?

Jema

怒りやフラストレーションですかね。それと、日本の音楽にも嫌悪感を覚えていて。音楽そのものが悪いのではなくて、それを取り巻く環境や社会構造に違和感を感じていたというか。小学校の頃からカルトだなって思っていて。それをなんとか払拭して、自分の心地良い世界を作れるか。その挑戦でもあるというか。