CONTRASTは、創(造)る行為で私たちを魅了する人物にフォーカスし、彼らとの対話から「ものづくりの温度」を伝えるウェブマガジンです。

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CONTRAST [インタビュー] 共感がひとを呼ぶ

共感がひとを呼ぶ

佐藤克耶+西別府久幸(プロフィール)

佐藤克耶+西別府久幸

プロフィール 佐藤克耶+西別府久幸
古道具 はいいろオオカミ 店主
佐藤克耶(古物商・一級建築士)
1982年 神奈川県生まれ
建築設計事務所勤務の後、2011年はいいろオオカミ開業。ユニークな店名は、ロシアの民話「イワン王子とはいいろおおかみ」という物語からとっている。 日本やロシアの生活に根付いた古道具を、自分の感覚に頼り買い付けてくる。店舗運営の傍ら、住宅・インテリアの設計も手がける。

花屋 西別府商店 店主
西別府久幸(フローリスト)
1986年 鹿児島県生まれ
ファッションを勉強した後、花の世界へ。2014年2月独立。店舗運営とは別に自身の作品を発表する個展開催にも力を入れている。

表参道の交差点から北東方面に数分も歩けば、個人商店や住宅が並ぶ閑静なエリアに入り込む。都心とは思えないほど穏やかな時間が流れる一角に、築40年を超える年季の入った青いタイル張りのマンションがある。薄暗い廊下を進んだ突き当たりにひっそりと佇むこのお店こそ、「はいいろオオカミ+花屋 西別府商店」だ。勇気を出して扉を開けてみると、黙々と作業をする店主らしきふたりの姿があった。 古道具とお花。時間を経てきたものと、今まさにここで生きているもの。これまでにあまり見たことのない組み合わせだ。それぞれが独立した個性を放ちながらも、お互いに寄り添って一体感をなし、ひとつの空間を形成している。この世界観に包まれると、生身の人間である自分すらもその一部になったような不思議な感覚に襲われ、つい時を忘れてしまう。 店頭に並ぶ古道具は、はいいろオオカミ店主の佐藤克耶さんが主に日本とロシアで買い付けたものだ。それらは地域性が際立つような要素がなく、一見すると果たしてどこで仕入れたものなのか分からない。佐藤さんは土地そのものに固執することなく、自分のほしいものを探しにいくというスタンスで買い付けに出かけていく。
その古道具に溶け込むようにして、これまでに見たことのないような植物が所々に並んでいる。ひときわ珍しい出で立ちの植物が気になって、花屋 西別府商店店主の西別府久幸さんに尋ねてみたら、シャンプージンジャーだと教えてくれた。昔のひとは茎を折ってでてきた液体をシャンプーのようにして使っていたらしい。鼻を近づけてみると、ショウガやミョウガといった薬味野菜のような強い香りがする。繊細なお花をそうっと丁寧に扱う西別府さんの振る舞いに、手塩にかけた愛情が見え隠れしていた。

Text by Takiko Nishiki Photo by Kazuhiro Shiraishi

自分がいる空間としてのお店

おふたりがどのようにして、古道具やお花と出会って今に至るのかに興味があります。まずは幼少期から学生時代のお話を聞かせてください。

佐藤

小・中・高校の時って「将来の夢は?」って話題になるじゃないですか。そういうとき大体「会社員」って書いてました(笑)。

会社員?(笑)

佐藤

本当に。安定さえすればいいと思っていたんです。長男ということもあるし、自分に何かできるとは思っていなかった。劣等感が半端なかったです。

劣等感?

佐藤

自信の裏返しかもしれないです。子どもの頃はあまりうまくいった試しがなく、何か脚光を浴びるといったこともなかったし、普通に人生が送れればいいやと思ってました。そして大学受験の時期に、沢山受けたのですが結局一個も受からなかったんです。安定した生活を送らなきゃという想定が急に壊れちゃって。どうでもよくなっちゃいました。普通の流れだったら浪人して、大学に行って、普通の道を歩もうってなるんでしょうけど、そうは思わなかったんですよ。センスがないから受験を辞めようと思いました。

その後は?

佐藤

それから1年くらい、特に何もせずフラフラしていましたが、そのうち「自分のやりたいことをやってみよう」と思うようになりました。当時、ミッドセンチュリーの家具などが流行していたのですが、それがきっかけでインテリアの学校に進学することに決め、勉強を始めました。それからですかね、すごく変わったのは。課題をやることでモノが生まれ、架空ではあるけれど作品が生まれることでそれに対する反応があって、それを評価してくれるひとがいるというのがだんだん面白くなってきました。

CONTRAST [インタビュー] はいいろオオカミ+花屋 西別府商店 | 共感がひとを呼ぶ

骨董や古道具と出逢いはこの頃ですか?

佐藤

学校の課題では、みんなが雑誌の切り抜きを使って表現していたけどありきたりで面白くないなと思って、骨董市に通いだしました。時代箪笥とか古い家具を見るようになり、古いものを自分で買ったりするようになりました。だいたい20歳くらいの頃です。

卒業後の進路は?

佐藤

そもそもの始まりはインテリアでしたが、そのうち住宅、建築へとやりたいことが変わっていき、卒業後は設計事務所に入りました。けれど、その事務所は大きな建物を専門としていたので、想像していたのとは違いました。「自分がやりたいのはインテリアだったのにな…」と思うようになり、事務所を辞めて3年でお店を始めることに決めました。「自分がいる空間をつくりたい」と思って、半ばショールームのような気持ちで始動しました。

「お店をやろう」と思ったときに、なぜ古道具だったのでしょうか?

佐藤

普通に売っている新しい材料だとできないことができること。図面には出ないよさがあります。ひとつその道具を置いただけで、その空間が変わるもの。そういうものが自分のなかに理想としてありました。

退所後から開店まではどのようにして過ごしていましたか?

佐藤

退所後は、設計の仕事や建築の検査のバイトなど、フリーで3年間仕事をしました。「3年後にお店をオープンする」という計画を立てて、準備期間に何をすべきか行程表を作ったものの、そこにはお店のオープンまでしか書かれていなかったんです。2011年9月にいざお店をオープンしてからは苦労の連続でしたよ。お店をやったこともないし修行したわけでもないから、お客さんもいないし、来るわけないんですよ。お店さえオープンすれば、お客さまは来てくれるものだと勘違いしていたんです。「誰でも来られる空間を持ちたい」というのが強く、自分の好きなものを置いて、自分ひとりでお店が運営できればいいなと思っていました。それで、とにかく先に空間を作っちゃった。お店でモノが売れるとか、どれほど売れるかという想定が甘かったと思います。お客さんがこないけれどお店はオープンしている状態が半年から1年くらいは続きました。

そうだったんですね。

佐藤

当時は相当アンテナの高いひとたちしか来ないようなお店でしたが、そのなかで知り合ったひとたちや作家さんなどと話しているうちに、「展示やってみたら?」と言われ、2年目はお店で展覧会を企画・開催するようになりました。実際に始めてみると、自然の流れで普段来てくれるひとたちと一緒にやろうということになったりして。僕はすごく恵まれているんだと思います。最初の3年は、毎年全く違うことをしていましたね。1年目はロシアから仕入れてきた雑貨を売っていて、2年目は月イチで展示をする。3年目からはお花が入ってきていました。お花も古道具もあるなかで、展示を2~3ヶ月に1回のペースで開催していました。

やってみるというひとつの目標に向かって準備を進めていって、実際始まってみて感じた葛藤など軌道修正しながら新しい取り組みを取り入れて、年を重ねることでお店のあり方も変化していく。素直だから、アドバイスいただいたことをすぐに試せるんでしょうね。

CONTRAST [インタビュー] はいいろオオカミ+花屋 西別府商店 | 共感がひとを呼ぶ

ところで、西別府さんはどんな学生時代を過ごしてきたのでしょう?

西別府

僕は鹿児島出身で、幼稚園から高校までずっとサッカー少年だったんです。サッカー漬けで、あわよくばプロを目指そうと本気でやっていました。けれど、高2くらいから漠然とサッカーとは別の方向性を考えるようになっていました。
これとは別に、洋服好きの姉の影響を受けて、中学くらいから「smart」などのファッション雑誌を借りて見ていました。誌面では東京のおしゃれなひとたちのスナップ写真特集が組まれていて、「東京って何!? ロンドン!?」と衝撃を受け、ちょっとした外国のような感覚で憧れていました。そして「高校を卒業したら絶対東京に行って洋服の勉強をする」という意志が固まってきました。サッカーに対する名残は全然なく、引退を機にスパッと辞めました。 高校卒業後は東京に上京し、洋服のコーディネートをするスタイリストになるために専門学校に入学しました。在学中にお誘いがあり、あるスタイリストのアシスタントに付きました。結構大御所の方だったんですが当時のアシスタントは僕ひとりだったので、撮影現場からリースまでひととおりの仕事ができるようになりましたが、すごく辛かったです。お給料もなかったし、お風呂には入れない。リースに行ったら「臭い」と言われるわ、散々で。「ファッションってなんだよ、もう辞めてやる!」って、好きだったファッションが嫌いになりました。

それは大変でしたね……。

西別府

専門学校卒業後、1~2ヶ月は何もせずフラフラしていました。その頃にあるジブリ系の映画を観たんです。そこには夢がありました。「こういう、自然があふれる世界に自分も居たい」と感じました。 そんなことを考えながら街を歩いていると、「まさにあった!ジブリの世界!」というたたずまいお店を偶然見かけました。そのお店が、中目黒にある「フラワーズネスト」です。すぐに履歴書を持って行き、そこに就職することになりました。

CONTRAST [インタビュー] はいいろオオカミ+花屋 西別府商店 | 共感がひとを呼ぶ

思いがけない急展開。

西別府

オーナーとの出逢いは、僕にとってとても大きな出来事でした。僕はもともとお花というよりは草や実のような素材っぽいものが好きで、それを自分なりにつくりあげていきたかった。それを知ったオーナーは表参道にお店を借りてくれて、「やりたいことはやってみろ」と任せてくれました。そうして2011年2月、青山に「フラワーズプリミティブ」をオープン(すでに閉店)。初めて自分なりの世界をつくることになりました。 僕は売るためにやっていたわけではなくて、自分が思い描いていたようなジブリの世界をつくりあげていくことが大事でした。そこに対してお客さまが見てくれたり、買ってくれる。ちょっとでも自分がそこにいられればOKでした。

自分がいいと思ったものを続けていって、それに共感してくれるひとたちとコミュニケーションをとっていくってことが大事なんですね。

西別府

そうですね。


佐藤

そこは僕と一緒なんだ。

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